「役割」ってなんだろう?:多様な立場や責任を考える哲学対話の授業実践例
はじめに:「役割」をめぐる子どもたちの問い
小学校という集団生活の中で、子どもたちは様々な「役割」を経験します。学級委員、給食当番、掃除当番、あるいは兄弟姉妹の中での役割、クラブ活動での役割など、その種類は多岐にわたります。これらの役割は、子どもたちに責任感や協調性を育む一方で、「役割があるってどういうこと?」「なぜこの役割は私なの?」といった素朴な疑問や、「自分の役割ってこれでいいのかな?」といった内省的な問いを生むこともあります。
「役割」というテーマは、子どもたちが自分と他者、そして社会との関わり方を考える上で非常に重要です。この身近でありながら奥深いテーマについて、哲学対話を通して子どもたちの思考力や対話力を育む実践例をご紹介します。
なぜ小学校で「役割」について哲学対話を行うのか
「役割」は、ただ割り当てられた仕事や立場をこなすことだけではありません。そこには、期待される行動、負うべき責任、そして他者との関係性などが含まれます。
子どもたちが「役割」について哲学的に考えることは、以下のような力の育成につながります。
- 自己理解と他者理解: 自分がどのような役割を果たしているか、他者はどのような役割を担っているかを考えることで、自分自身や周りの人々の立場をより深く理解する。
- 責任感と主体性: 役割に伴う責任について考え、与えられた役割だけでなく、自ら進んで役割を見つけたり作り出したりする主体性を育む。
- 社会性の発達: 集団の中での自分の立ち位置や、他者との協力関係の重要性を理解する。
- 批判的思考力: 「役割」の固定観念にとらわれず、「役割は誰が決めるのか?」「役割は変えられるのか?」といった問いを立て、多角的に考える力を養う。
これらの力は、これからの社会を生きていく上で子どもたちに求められる非認知能力の基盤ともなり得ます。
「役割」をテーマにした哲学対話の進め方(高学年向け)
ここでは、小学5・6年生を主な対象とした「役割」に関する哲学対話の具体的な進め方の一例をご紹介します。中学年でも内容を調整すれば実践可能です。
【準備物】
- 対話を行う空間(円になれる場所)
- 対話のルールを提示するカードや掲示物
- 問いを書き出すホワイトボードや模造紙
- 必要であれば、自分の考えを整理するためのワークシートや付箋
【基本的な流れ】
-
導入(10分)
- アイスブレイクとして、「最近、誰かの役に立ったこと、助けてもらったことはありますか?」など、役割や助け合いに関連する簡単な問いかけから始めます。
- 本日のテーマが「役割」であることを伝えます。子どもたちに「役割」と聞いて思い浮かべる言葉やイメージを自由に言ってもらいます。(例:「係」「仕事」「当番」「責任」「リーダー」「親」など)
- それらを踏まえ、「『役割がある』って、どういうことだろう?」という大きな問いを提示します。
-
問いの共有・深掘り(15分)
- 最初に提示した問いや、導入で子どもたちから出てきた言葉から、「役割」について疑問に思うこと、考えてみたいことを一人一人が問いの形にしてみます。(例:「役割って、自分で決めるもの?」「嫌な役割でもやらないといけないの?」「先生の役割って何?」「大人になったらみんな役割があるの?」「役割がない人っているの?」など)
- 出てきた問いを書き出し、全体で共有します。
- 子どもたち自身に、今日一番考えたい問いを選んでもらいます。(挙手や付箋を貼るなど)教師が問いをいくつか提示し、その中から選んでも良いでしょう。
-
対話(25分)
- 選ばれた問いを中心に、対話を行います。円になり、お互いの顔を見ながら話せるようにします。
- 対話のルール(相手の話を最後まで聞く、他の人の意見を否定しない、話したくない時はパスできる、など)を確認します。
- 教師はファシリテーターとして、特定の意見に偏らないように全体を見守り、必要に応じて「それはどうしてそう思うのかな?」「〇〇さんの意見と△△さんの意見は、どんなところが違うかな?」などと問いを投げかけ、対話を促します。
- 想定される子どもの発言例と、それに対する問いかけの例:
- 子:「役割があると、クラスがまとまると思います。」→ 師:「どうしてクラスがまとまると思うのかな?」「まとまると、どんな良いことがあるんだろう?」
- 子:「でも、役割をちゃんとやらない人もいるから嫌です。」→ 師:「役割をちゃんとやらない人がいる時、どんな気持ちになる?」「そういう時、自分には何か役割があると思う?」
- 子:「親には子どもの面倒を見る役割があると思います。」→ 師:「親の役割は、誰が決めたんだろう?」「子どもの役割もあるのかな?」
- 子:「役割は、できなくても頑張ることが大事だと思います。」→ 師:「『頑張る』って、どういうことかな?」「『頑張る』以外に大切なことはある?」
- 時間が許せば、関連する他の問いについても簡単に触れてみても良いでしょう。
-
まとめ・振り返り(10分)
- 今日の対話で、自分が考えたこと、新しく気づいたこと、友達の意見を聞いて印象に残ったことなどを一人ずつ簡単に発表します。
- 「今日の対話を通して、『役割』について考える前と後で、何か考えが変わったことはありますか?」といった問いかけも有効です。
- 答えが出ない問いがあっても良いこと、考えること自体に意味があることを伝えます。
- 対話に参加したこと自体を労い、終わりにします。
実践におけるポイントと注意点
- 安全な場の設定: どのような意見も受け止められる、安心できる雰囲気を作ることが最も重要です。教師自身が「答え」を持っていないことを伝え、「一緒に考える」姿勢を示すことも大切です。
- 教師の役割: 教師は知識を教えるのではなく、子どもたちが自ら考え、言葉にすることをサポートする役割です。問いかけの質やタイミングが対話の深まりを左右します。話しすぎず、子どもたちの声に耳を傾けましょう。
- 問いの選び方: 子どもたちの興味関心や発達段階に合った、開かれた問いを選ぶことが重要です。「はい」「いいえ」で答えられる問いや、知識を問う問いは哲学対話には向きません。
- 発言の機会均等: 特定の子ばかりが話したり、全く話さない子が出たりすることがあります。話したくない子にはパスを認め、無理強いはしません。少人数グループでの対話を取り入れたり、対話の前に考えをシートに書き出す時間を設けたりする工夫も有効です。
- 結論を出さない: 哲学対話は、一つの正解にたどり着くことが目的ではありません。多様な考えに触れ、自分の考えを深めるプロセスそのものに価値があります。答えが出なくても焦る必要はありません。
想定される子どもの反応と対話例
問い:「『役割がある』って、どういうことだろう?」
- Aさん(3年生): 「なんか、自分がしないといけないこと。」→ 師:「『しないといけないこと』なんだね。どうして『しないといけない』のかな?」
- Bさん(4年生): 「みんなのために、自分がやる仕事。」→ 師:「『みんなのため』なんだね。他の人のためになることかな?」「『仕事』って、どんなイメージ?」
- Cさん(5年生): 「期待されていることだと思います。周りの人から『こういう人だ』って思われていること。」→ 師:「『期待』か。面白い考えだね。誰からの期待かな?」「『思われていること』って、自分で決められることなのかな?」
- Dさん(6年生): 「集団の中で、自分が引き受ける責任のことだと思います。それをすることで、他の人も助かるし、自分もその集団の一員だって感じられる。」→ 師:「『責任』なんだね。責任って、重いもの?」「その集団の一員だと感じられるって、どんな気持ちかな?」
このように、同じ問いに対しても、発達段階や経験によって子どもたちから様々な言葉や考えが出てきます。教師はそれらを丁寧に拾い上げ、次の問いにつなげていくことで、対話は深まっていきます。
失敗談から学ぶ
あるクラスで「役割」について対話を行った際、特定の係活動でトラブルがあった直後だったため、「役割をちゃんとやらない人が悪い」といった非難めいた発言が多く出てしまい、対話が深まらずに終わってしまったことがありました。
この経験から学んだのは、子どもたちの感情的なわだかまりがある時には、すぐに哲学的な問いに入ることが難しい場合があるということです。まずは、その具体的な出来事について、事実を整理し、それぞれがどう感じたか、何が大変だったかなどを十分に話し合う時間を取り、感情を受け止めることが必要でした。その上で、「どうしたら皆が気持ちよく役割を果たせるのかな?」「そもそも、役割って何のためにあるんだっけ?」といった問いにつなげる方が、より建設的な対話になったと考えられます。
また、問いかけが抽象的すぎると、子どもたちが自分の経験と結びつけられずに発言が止まってしまうこともあります。最初は、学級や家庭での具体的な役割から問いを立てるなど、子どもたちの生活世界に根差した問いから始めることが大切です。
多忙な現場でも取り入れやすい工夫
哲学対話は、特別な時間を確保しなくても、日々の学級経営や授業の中で短時間から取り入れることができます。
- 朝の会・帰りの会で問いかけタイム: 5分〜10分程度、「今日の役割(係活動や当番)をやってみて、何か感じたことはありますか?」「もし明日、学校にあなたの役割がなかったら、何が変わると思う?」など、短い問いかけと数人の簡単な応答から始めてみましょう。
- 特定の教科と連携:
- 国語科:登場人物の「役割」について考えたり、物語の中の役割分担について議論したりする。
- 道徳科:集団の中での自分の役割や責任について考える。
- 総合的な学習の時間:地域社会での様々な人の「役割」について調べたり、自分たちにできる役割を考えたりする。
- 「立ち話哲学」: 休み時間や掃除の時間など、子どもたちが集まっているところで、「そういえばさっき〇〇さんが『係って大変だな』って言ってたけど、『大変』ってどういうことだと思う?」など、自然な会話の流れで問いを投げかけてみる。
大切なのは、身構えずに、子どもたちの日常の中にある「なぜ?」「どういうこと?」を見つけ、一緒に考える時間を持つことです。
まとめ
小学校における「役割」をテーマにした哲学対話は、子どもたちが自分自身の存在や他者との関係性、そして社会の仕組みについて考えるきっかけを与えてくれます。それは単なるルール順守や責任遂行に留まらず、一人一人が主体的に自分のあり方を問い直し、多様な人々と共に生きるための対話の力を育む貴重な機会となります。
多忙な日々の中でも、少し立ち止まって「役割」について語り合う時間を持つことで、子どもたちの見慣れた日常が、新たな発見と学びの場へと変わっていくことを実感できるでしょう。ぜひ、この実践例を参考に、あなたのクラスでも哲学対話を取り入れてみてください。