「勇気がある」ってどういうこと?:怖さや困難に立ち向かう心を考える哲学対話
「勇気がある」ってどういうこと? 怖さや困難に立ち向かう心を考える哲学対話
哲学対話で「勇気」を考える意義
子どもたちは、日々の生活の中で様々な「怖い」「難しい」「不安だ」と感じる場面に直面します。例えば、発表会で前に立つこと、苦手な運動に挑戦すること、友達との関係で自分の気持ちを伝えることなどです。そのような時、「勇気を出して頑張ろう」といった言葉を耳にすることがあります。しかし、「勇気がある」とは具体的にどういうことなのか、怖さや不安を感じていても勇気は出せるのかなど、その概念を深く考える機会は少ないかもしれません。
哲学対話を通して「勇気」についてじっくり考えることは、子どもたちが自分自身の内面や他者との関わり、そして困難にどう向き合うかについて、より深く理解する助けとなります。一つの正解があるわけではなく、多様な「勇気」の形に触れることで、子どもたちは自分なりの「勇気」を見つけ、日常生活に活かすヒントを得ることができるでしょう。
実践事例:「勇気」をテーマにした哲学対話の授業
ここでは、「勇気がある」とはどういうことかを問いとして、子どもたちと対話を進める授業の具体的な進め方を紹介します。対象は小学校中学年から高学年を想定していますが、問いや導入を工夫することで低学年でも実施可能です。
授業のねらい:
- 「勇気」という言葉の意味や自分なりのイメージについて考え、表現する。
- 多様な「勇気」の事例に触れ、その共通点や違いについて考える。
- 怖さや困難といった感情と「勇気」の関係について探求する。
- 自分の考えを深めたり、友達の意見を聞いて考えが変わったりする経験をする。
授業時間:
45分〜60分程度(子どもたちの発言や問いの深まりに応じて調整)
準備物:
- 子どもたちの「勇気」にまつわるエピソードを引き出すための導入材(絵本、写真、ニュース記事の紹介、短い動画など。例:いじめられている友達を助ける話、初めてのことに挑戦する話など)
- 問いを書いたカードや模造紙
- (必要に応じて)付箋や筆記具
授業の進め方:
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導入(5〜10分):
- 今日のテーマが「勇気」であることを伝える。
- 用意した導入材(絵本の一場面、写真など)を見せながら、「これを見て、『勇気があるな』と感じる人はいますか?」「それはどんなところからそう感じますか?」といった問いかけをする。
- 子どもたちから自由な発言を引き出し、身近なところから「勇気」という言葉に触れる。
- 今日の大きな問いとして「『勇気がある』ってどういうこと?」を提示する。
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最初の意見交換(10〜15分):
- 提示された問いに対して、一人ひとりが思うことを自由に話す時間を設ける。
- 「『勇気がある』と聞くと、どんな人や場面を思い浮かべますか?」「どんな時に『勇気を出そう』と思いますか?」など、具体的なイメージを聞いていく。
- この段階では、意見の良し悪しを判断せず、多様な考えがあることを共有する。教師は頷きながら傾聴し、発言を促す。
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問いを深める対話(15〜20分):
- 子どもたちの最初の意見や、教師が事前に準備した深める問いを投げかけ、対話を促す。
- 深める問いの例:
- 「怖い気持ちがあっても、勇気があるって言えるかな? それとも、怖くないのが勇気?」
- 「勇気とわがままはどう違う? 同じかな、違うかな?」
- 「一人で勇気を出すのと、友達と一緒に出すのと、何か違いはある?」
- 「失敗するかもしれない時でも、勇気は出せる?」
- 「どんな時に、勇気がないなと感じる? それはなぜ?」
- 「心の中で『勇気を出そう』と思うだけで、外から見えなくても、それは勇気かな?」
- 「大人にとっての勇気と、子どもにとっての勇気は同じかな、違うかな?」
- 子どもたちの発言を受けて、さらに「それはどういう意味?」「他の人はどう思う?」と問い返し、考えを掘り下げていく。意見が対立した場合は、「〇〇さんはこう言ったけれど、△△さんは違う考えのようだね。その違いはどこから生まれるのだろう?」などと、違いに焦点を当てる問いかけも有効です。
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考えの変化や気づきの共有(5〜10分):
- 対話を通して、最初に考えていたことと変わったこと、新しく気づいたことなどを共有する時間を設ける。
- 「話を聞いて、『勇気がある』ということについて、新しく分かったことや、前とは違う考えになったことはありますか?」と問いかける。
- すべての意見をまとめる必要はありませんが、「〇〇さんからは『怖い気持ちがあっても行動するのが勇気だ』という意見が出たね」「△△さんは『友達を助けることも勇気の一つだ』と言っていたね」など、出された多様な考え方を簡単に振り返ることで、対話の成果を共有できます。
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まとめ(5分):
- 今日の対話では、「勇気」について色々な考え方があること、怖さや難しさと向き合う中で生まれるものかもしれないことなどに気づく時間であったことを伝える。
- 「勇気がある」ことの定義は一つではないこと、そして、それぞれが自分なりの「勇気」を大切にすることの意義を伝える。
- 「今日の対話を思い出して、これからどんな時に『勇気を出してみようかな』と思うか、考えてみてくださいね」と投げかけ、日常生活へのつながりを示唆して終了する。
実践におけるポイントと注意点
- 安全な雰囲気づくり: どのような意見も否定されない、安心して話せる場であることが最も重要です。グランドルール(相手の話をよく聞く、意見を尊重する、話したくない時はパスできるなど)を確認しましょう。
- 教師のファシリテーション: 教師は話しすぎず、子どもたちの言葉に耳を傾け、考えを深める問いを適切なタイミングで投げかける役割に徹します。「それはどういうこと?」「なぜそう思うの?」といったオープンクエスチョンを活用しましょう。
- 正解を求めない: 哲学対話には最終的な正解はありません。多様な考えに触れるプロセス、問い続ける姿勢そのものを大切にします。
- 具体的な事例との接続: 抽象的な概念である「勇気」について考える際は、子どもたちにとって身近な具体的なエピソード(絵本、アニメ、ニュース、自分や友達の経験など)を導入や対話の途中で活用すると、考えやすくなります。
- 全員が発言する必要はない: 発言が得意な子もいれば、じっくり考えて他の人の話を聞くことで学びを深める子もいます。無理に全員に発言を求めず、様々な参加の形を認めましょう。
- 問いが発散しすぎない工夫: 対話がテーマから大きく逸れてしまいそうな時は、「今日の問いは『勇気がある』ってどういうこと、だったね。今話してくれたことは、その問いとどうつながるかな?」などと、やんわりと問いに戻るように促します。
想定される子どもの反応と対話例
- 反応例1:「怖いけどやるのが勇気だと思う。」
- 教師の問い返し: 「なるほど、『怖い気持ちはあるけれど、それでも行動すること』が勇気ということだね。それは、例えばどんな時かな? 具体的な場面を教えてもらえる?」「怖い気持ちがあるのに、どうしてやろうと思うのかな?」
- 反応例2:「強い人が勇気があるんじゃない? 弱い人は勇気がない。」
- 教師の問い返し: 「強い人や、力がある人が勇気がある、という考え方もあるね。そう思うのはなぜかな?」「じゃあ、体が弱くても、勇気がある人はいるかな? それはどんな時?」
- 反応例3:「友達が悪口を言われている時に、『やめなよ』って言うのが勇気。」
- 教師の問い返し: 「身近な友達との関係での勇気だね。そういう時、『やめなよ』と言うのは、どんなところが『勇気がある』と感じるのかな? どんな気持ちになると思う?」
- 反応例4:「失敗した時に、もう一度挑戦するのも勇気だと思う。」
- 教師の問い返し: 「一度失敗するのは悔しいし、次も失敗するかもしれない怖さがあるよね。それでももう一度挑戦するのは、どんな力を使っているんだろう?」「その『もう一度挑戦する勇気』は、誰かのために使う勇気と何か違いはあるかな?」
成功・失敗事例とそこから学べる示唆
- 成功事例:
- 導入に用いた絵本の一場面から、子どもたちが次々に自分自身の経験や知っているエピソードを話し始め、「勇気」の多様な具体例が集まった。
- 「怖い気持ちがあっても勇気は出せるか」という問いに対して、意見が分かれ、互いの立場の理由を尋ね合う活発な対話が生まれた。「怖くないのはただ無知なだけ」「怖いと分かっているからこそ、乗り越えようとするのが勇気だ」など、概念の深い探求につながった。
- 普段あまり発言しない子が、友だちの意見に触発されてポツリとつぶやいた一言が、その後の対話を大きく深めるきっかけとなった。
- 失敗事例:
- 具体的なエピソードの提示が少なく、抽象的な概念だけで対話が進んでしまい、一部の子どもたちがピンとこない様子だった。→ 示唆: 導入や途中の問いかけで、子どもたちの生活や経験に即した具体例を積極的に取り入れる工夫が必要。
- ある特定の意見(例:「強い=勇気」)に引っ張られてしまい、他の見方が出にくくなった。→ 示唆: 教師が「それは一つの考え方だね。他の考え方はないかな?」と問い返したり、意図的に異なる視点からの問い(例:「弱くても勇気がある時はあるかな?」)を投げかけたりするファシリテーションスキルが求められる。
- 教師が子どもたちの意見を「いいね」「そうだよ」などと評価してしまい、子どもたちが正解を探そうとして自由な発想が出にくくなった。→ 示唆: 評価を控え、「ありがとう」「なるほど」といった受容的な言葉で応じ、問いかけで対話を次に繋げることに徹する。
多忙な現場でも取り入れやすい工夫
- 短い時間で実施: 45分全てを使わず、例えば朝の会や帰りの会で15分程度のミニ哲学対話として行う。「今日のテーマは『勇気』。みんなが最近『勇気を出したな』と思ったこと、聞かせてくれる?」など、問いを一つに絞って行うだけでも、十分な気づきが得られます。
- 既存の教材や行事と連携: 道徳の授業で扱っているテーマや、運動会・発表会などの学校行事と関連付けて「勇気」について考える時間を設ける。
- 問いのカードを準備: 事前にいくつかの深める問いをカードに書いておき、対話の流れを見ながら適切なカードを示すことで、スムーズに問いを提示できます。
- 日常のワンシーンから: 子どもたちの普段の会話やトラブル、クラスで起きた出来事などを捉え、「今の〇〇さんの行動、勇気があるなって思ったんだけど、みんなはどう思う?」など、偶発的に哲学的な問いを投げかけてみる。
まとめ
小学校で「勇気」という抽象的な概念について哲学対話を行うことは、子どもたちが自分自身の感情や行動、他者との関係性について深く考える貴重な機会となります。一つの決まった答えを教えるのではなく、多様な視点に触れ、互いの考えを聞き合うプロセスを通して、子どもたちは自分なりの「勇気」の捉え方を育んでいきます。
「勇気」とは、単に怖がらないことではなく、怖さや困難を感じながらも、それでも大切な何か(自分自身の成長、友達、正義など)のために一歩踏み出す心の力なのかもしれません。この哲学対話の実践が、子どもたちがこれからの人生で出会う様々な場面で、自分自身の内なる声に耳を傾け、しなやかに困難に立ち向かう心を育む一助となることを願っています。多忙な日々の中でも、ぜひ子どもたちと共に「勇気」について語り合う時間を持ってみてください。