「協力する」ってどんなこと?:小学校で問いを深める哲学対話
はじめに:なぜ、小学校で「協力」を哲学的に考えるのか
小学校の子どもたちは、日々の生活や学習の中で「協力」を求められる場面に数多く出会います。清掃活動、係活動、グループ学習、運動会の練習など、一人ではできないことをみんなで成し遂げる経験は、子どもたちの成長にとって非常に重要です。
しかし、「協力しましょう」と呼びかけるだけでは、子どもたちにとって「協力」が単なるスローガンや、時には面倒なこととして捉えられてしまうこともあります。
「協力するって、そもそもどういうことだろう?」 「なぜ、私たちは協力する必要があるのだろう?」 「協力することの難しさや、楽しさってなんだろう?」
こうした問いを子どもたちと一緒に深掘りすることで、彼らは「協力」の本質や価値を自分事として捉え直し、より主体的かつ意味のある協力へとつながる可能性があります。哲学対話は、このように身近なテーマをじっくりと考え、多様な意見に触れることで、子どもたちの思考力、対話力、そして他者への理解を育む有効な手法です。
本記事では、小学校高学年を中心に、「協力」をテーマにした哲学対話の実践例とそのポイントを紹介します。
「協力する」を哲学対話で探求する活動例
1. 問いかけの準備:協力が必要な場面を提示する
- 対象学年: 主に小学校高学年(5・6年生)を想定していますが、問いや事例を工夫すれば中学年でも可能です。
- ねらい: 子どもたちが「協力」を具体的な場面と結びつけ、身近なテーマとして捉える。
- 活動内容:
- 子どもたちが経験したことのある、協力が必要な場面をいくつか提示します。
- 例:「クラスで目標を達成するためにみんなで取り組んだこと」(例:漢字テスト全員100点、合唱コンクール)
- 例:「運動会や発表会で、一人ではできないことにみんなで挑戦したこと」(例:組体操、劇)
- 例:「係活動や委員会活動で、クラスや学校のためにみんなで取り組んだこと」
- 例:「グループ学習で、一つの課題を解決するために話し合ったこと」
- これらの場面を想起させた後、子どもたちに問いかけます。「これらの場面には、『協力』ということが関係しているかもしれません。では、『協力する』って、どんなことだと思いますか?」
- 子どもたちが経験したことのある、協力が必要な場面をいくつか提示します。
2. 問いを立て、共有する
- ねらい: 子どもたちの中から、「協力」に関する多様な疑問や考えを引き出す。
- 活動内容:
- 教師は、子どもたちが「協力する」ということについて考えたこと、疑問に思ったことを自由に発表させます。
- 子どもたちの発言を丁寧に聞き取り、いくつかキーワードや短いフレーズとして板書・記録していきます。(例:「一緒にする」「助け合う」「目標を達成する」「一人じゃない」「大変」「めんどくさい時もある」など)
- 子どもたちの発言や、教師があらかじめ準備しておいた問いの中から、今回の対話で深掘りしたい「中心的な問い」を一つ選定します。
- 中心的な問いの例:
- 「『協力する』って、具体的にはどんなことを言うのだろう?」
- 「一人でやった方が早いことでも、なぜ協力する必要があるのだろう?」
- 「協力すると、どんないいことがある?」「協力しないと、どうなる?」
- 「協力する時に一番大切なことってなんだろう?」
- 「協力しているつもりでも、うまくいかないのはなぜだろう?」
- 中心的な問いの例:
- 今回の例では、「『協力する』って、具体的にはどんなことを言うのだろう?」を中心に、派生する問い(例:「助け合うことと協力することは同じ?」「役割分担すれば協力になる?」)も扱いながら進めることとします。
3. 対話を進める
- ねらい: 多様な意見を聞き、自分の考えを深め、他者の考えを理解する。
- 活動内容:
- 選定した問いを中心に、子どもたちが自由に意見を出し合える雰囲気を作ります。
- 教師は進行役となり、特定の子に発言を促したり、異なる意見に焦点を当てたりしながら、対話が深まるように支援します。
- 対話のポイントとなる問いかけ例:
- 「〇〇さんは、『協力する』とは『助け合うこと』だと言いました。△△さんはどう思いますか?同じですか?違う意見がありますか?」
- 「『役割分担する』ことも協力になりますか?それはなぜですか?」
- 「『言われたことをただやる』のは協力と言えるでしょうか?言えないとしたら、なぜ言えないのでしょう?」
- 「みんなの意見を聞いて、最初に考えていた『協力』のイメージは変わりましたか?」
- 子どもたちの発言を、否定せず、善悪の評価もせず、ただ受け止める姿勢が重要です。
- 発言しにくい子には、付箋に書いてもらう、隣の子とペアで話す時間を作るなどの工夫も有効です。
4. 振り返り
- ねらい: 対話を通じて自分が考えたこと、気づいたことを整理し、今後の学びや行動に繋げる。
- 活動内容:
- 対話を通して、自分が新たに気づいたこと、考えが変わったこと、疑問が残ったことなどを一人ひとりが振り返る時間を設けます。
- 発表したい子には、簡単に発表してもらいます。
- 教師は、多様な意見が出されたこと、じっくりと考えたこと自体を肯定的に評価し、対話の時間を終えます。
実践のためのステップと準備物
- テーマ選定と問いの準備: 「協力」に関する具体的な場面や、子どもたちに投げかけたい中心的な問いを準備する。関連するイラストや短いエピソードがあると導入しやすい。
- 場の設定: 子どもたちがリラックスして発言できる、円になるなどの座席配置が望ましい。
- ルールの確認: 「人の話を最後まで聞く」「人の意見を否定しない」「発言しなくてもよい」「答えは一つではない」など、哲学対話の基本的なルールを確認する。
- 導入: 協力が必要な具体的な場面を提示し、テーマへの関心を高める。
- 問いの共有と選定: 子どもたちからの疑問や考えを引き出し、対話の中心となる問いを決める。
- 対話: 問いを中心に、子どもたちが自由に意見を交換し、深掘りしていく。教師は進行役として、全ての意見を受け止め、問いかけで思考を促す。
- 振り返り: 対話を通して考えたこと、感じたことを整理し、共有する。
- 準備物: 板書のための黒板やホワイトボード、マーカー。必要であれば、子どもたちが考えを書き出すためのノートや付箋。導入で使うイラストや短い物語。
実践におけるポイント、注意点、よくある課題
- ポイント:
- 安全な場づくり: どのような意見も受け止められる温かい雰囲気を作ることが最も重要です。教師が評価せず、子どもたち同士も尊重し合えるように促します。
- 教師はナビゲーター: 教師は「正解」を教えるのではなく、子どもたちが自分で考え、問いを深められるように促す役割に徹します。
- 「答えがない」を楽しむ: 哲学対話の目的は一つの答えにたどり着くことではなく、考えるプロセスそのものを楽しむことです。「色々な考えがあるんだね」「もっと考えてみると、どうなるだろう?」といった声かけを大切にします。
- 注意点:
- 時間配分: 熱中すると時間がオーバーしがちです。終了時間を意識し、無理のない範囲で区切りをつけましょう。
- 発言しない子への配慮: 発言を強制せず、安心して聞いていることができるようにします。書くことや、少人数での対話を取り入れることも有効です。
- 脱線した場合: テーマから大きく外れた場合は、「今の〇〇さんの話は△△の問いにもつながるね。でも、今日の□□の問いに戻って考えてみましょう。」のように、優しく軌道修正を試みます。
- よくある課題とその対処法:
- 一部の子の発言で占められてしまう: 発言の機会を均等に配慮したり、「次に話す人は、前の人の意見のどこに賛成?どこが違う?」など、他の意見に紐づけて発言するように促したりします。
- 具体的な話から抽象的な問いに繋がらない: 身近な事例や具体的な体験談から始め、そこから「じゃあ、それはつまりどういうことかな?」と問いを広げるようにします。
- 意見の対立が感情的になる: 意見が違うことは自然なことであることを伝え、「どうしてそう考えたの?」と理由を尋ねることで、感情ではなく考えに焦点を戻すように促します。
想定される子どもの反応や対話の例
- 子どもA: 「協力するって、みんなで同じことをすることだと思う。運動会でかけっこの練習を一緒にやるみたいに。」
- 子どもB: 「私は、協力は『助け合うこと』だと思う。友達が困っていたら手伝うこととか。」
- 教師: 「Aさんは『みんなで同じこと』、Bさんは『助け合うこと』と言ってくれましたね。この二つは同じことかな?違うことかな?」
- 子どもC: 「違うと思う!だって、同じことをやってても、ケンカしてたら協力してないと思うから。」
- 子どもD: 「助け合うのも協力だけど、例えばクラスの旗を作る時に、絵を描くのが得意な人と、文字を書くのが得意な人が分かれて作業するのも協力じゃないかな?一人じゃできないことも、みんなでやるとできるから。」
- 教師: 「なるほど。得意なことを活かして役割分担することも協力の一つかもしれない、ということですね。Dさんの話を聞いて、AさんやBさんの考えは何か変わりましたか?」
- このように、一つの問いから始まり、子どもたちの意見の異同に焦点を当てたり、具体的な例を挙げさせたりすることで、協力という概念の多様な側面を探求していきます。
まとめ
「協力する」というテーマでの哲学対話は、子どもたちが自分たちの日常生活や集団活動を異なる視点から見つめ直し、深く考える貴重な機会となります。彼らは、協力が単なる指示やルールではなく、他者との関係性の中で生まれ、様々な意味を持ちうる複雑な営みであることを肌で感じ取るかもしれません。
この対話を通して、子どもたちは協力することの難しさや、それでもなぜ協力が必要なのか、協力によって何が得られるのかといった問いに向き合います。そして、多様な考えに触れる中で、他者の視点を理解し、自分の考えを言葉にする力を育んでいきます。
多忙な学校現場で一から哲学の授業を始めるのは難しく感じられるかもしれませんが、今回ご紹介したような身近なテーマであれば、総合的な学習の時間や学級活動、あるいは道徳の授業の一部として短時間でも取り入れることが可能です。子どもたちの「考えるって面白い!」という気持ちや、互いの意見を聞き合える温かい学級の雰囲気づくりに、哲学対話の手法をぜひ活用してみてください。