「友達」ってなんだろう?:関係性を哲学する対話の授業実践例
はじめに:「友達」という身近なテーマを哲学する意義
小学校の子どもたちにとって、「友達」は日々の生活の中で最も身近で重要な存在の一つです。休み時間や放課後、グループ活動など、様々な場面で友達との関わりがあります。しかし、「友達とは何か」「友達との関係性をどう築くか」といった問いは、実は非常に深く、哲学的な考察の対象となり得ます。
本記事では、小学校の子どもたちにとって身近な「友達」というテーマを取り上げ、哲学対話を通して子どもたちが人間関係の本質や多様な価値観に触れる授業実践の具体的な進め方を紹介します。子どもたちが主体的に考え、互いの意見を聞き、対話を通じて「友達」という概念や自身の関係性について深く探求する機会を創出することを目指します。
なぜ「友達」について哲学対話をするのか
「友達」という言葉は日常的に使われますが、その定義は人それぞれ異なります。一緒に遊ぶ人、困った時に助けてくれる人、秘密を話せる人、いつも一緒にいる人など、子どもたちの考える「友達」像も様々です。
この多様な「友達」像に光を当て、互いの考えを分かち合い、なぜそう考えるのか理由を話し合うことは、子どもたちにとって以下のような力を育むことに繋がります。
- 思考力: 「友達」とは一体何なのか、自分にとってなぜその人が友達なのか、といった問いに対して、これまでの経験や感じたことを踏まえて深く考える力。
- 対話力: 自分の考えを言葉にして伝える力、相手の意見を注意深く聞き、その背景にある考えを理解しようとする力、意見の違いを受け止め、共に考える力。
- 関係性の理解: 人間関係の多様性や複雑さに気づき、他者とのより良い関わり方について考える視点。
哲学対話を通して、子どもたちは既成の概念にとらわれず、自分自身の頭で「友達」とは何かを問い直し、多様な考えに触れる貴重な体験をすることができます。
実践事例:低学年・中学年での「友達」をテーマにした哲学対話
ここでは、低学年・中学年を対象とした「友達」についての哲学対話の具体的な進め方の一例をご紹介します。
対象とねらい
- 対象: 小学校低学年~中学年(1年生~4年生程度)
- ねらい:
- 自分にとって「友達」がどのような存在か考え、言葉にできる。
- 友達との関わりの中で感じたことや考えたことを共有できる。
- 友達について多様な考えがあることを知り、互いの意見を尊重しようとする。
- 安全な雰囲気の中で、自分の考えや気持ちを安心して表現できる体験をする。
準備物
- 問いかけを提示するためのカードや黒板
- 子どもたちが考えを書き出すための付箋やメモ用紙、筆記用具(任意)
- 対話を深めるきっかけとなる絵本や短いお話(任意)
授業の進め方(例:標準時間45分)
-
導入(5分)
- 今日のテーマが「友達」であることを伝える。
- 対話のルールを確認する(人の話をよく聞く、否定しない、話したくない時は話さなくて良い、など)。
- テーマへの関心を高めるための簡単な問いかけや活動を行う。
- 例:「最近、友達と嬉しかったことはありますか?」と尋ねる。
- 例:「『友達』と聞いて、どんなことを思い浮かべますか?」と尋ね、出てきた言葉を板書する。
- 例:友達に関する簡単な絵本や短いお話を読み聞かせ、感想を聞く。
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個人的な思考(10分)
- 中心となる哲学的な問いを提示する。
- 問い例: 「友達ってどんな人でしょう?」「友達と友達じゃない人は、何が違うのでしょう?」「どうして友達がほしいのだと思いますか?」
- 提示された問いについて、一人でじっくり考える時間を持つ。
- 考えを付箋やメモ用紙に書き出してみる活動も有効です。「友達って〇〇な人」「友達と□□な人は違う」など、短い言葉でも良いので書き出すことで考えが整理されやすくなります。
- 中心となる哲学的な問いを提示する。
-
グループでの共有・対話(15分)
- 3~5人程度の少人数グループを作る。
- 各自が考えたこと(書き出したこと)をグループ内で共有する。
- 共有した考えについて、互いに質問したり、「〇〇さんの考えを聞いて、△△だと思った」「自分は□□だと思うけれど、どう思いますか?」など、対話を促す。
- 先生は各グループを回り、対話の様子を見守り、必要に応じて「なぜそう思うの?」と問いかけたり、全員が発言できているかなどを確認したりする。
-
全体での共有・対話(10分)
- 全体で輪になって座るなど、互いの顔が見える配置にする。
- 各グループで話し合ったことの中から、面白かった意見や難しかった問いなどを発表してもらう。
- 全体で、提示された問いについて、グループでの対話を踏まえてさらに深く対話する。
- 「〇〇さんの言った『秘密を話せる人』という友達像について、どう思いますか?」
- 「△△さんが『いつも一緒にいる人』と言ったけれど、もし離れてしまったら友達じゃなくなるの?」
- 「友達と意見が違う時もありますか?そういう時、友達の関係はどうなるのでしょう?」
- 先生は特定の意見に偏らないように、様々な考えが表明されるようにファシリテーションを行う。
-
振り返り(5分)
- 今日の哲学対話を通して、新しく気づいたこと、考えが変わったこと、難しかったことなどを一人ずつ簡単に発表してもらう。
- 「友達について、改めて考えたことはありますか?」「友達の〇〇さんのことを、少し違った目で見るようになったかな?」など、問いかけながら振り返りを促す。
- 正解はないこと、様々な考えに触れることが大切であることを改めて伝える。
高学年での発展的な実践例
高学年(5年生~6年生)になると、人間関係がより複雑になり、友情、信頼、裏切り、グループの中での立ち位置、インターネット上での関わりなど、様々な課題に直面します。高学年では、より抽象的な問いや、具体的な葛藤を伴う事例を導入することで、対話を深めることができます。
問い例
- 「本当の友達」っていると思う?それはどんな友達?
- 友達との「約束」は、なぜ守らなければならないの?
- もし友達が悪いことをしていたら、どうする?
- クラスの中に友達が一人もいない人にとって、「友達」とはどんな存在だと思う?
- SNSでの繋がりは「友達」と言える?現実の友達とどう違う?
活動例
- 事例検討: 友達との間に起こりうる具体的なトラブル事例(例:約束を破られた、悪口を言われた、仲間外れにされたなど)を提示し、登場人物の気持ちや、どうすれば良いか、そもそも友達とは何か、といった点について議論する。
- 概念の定義: 「信頼」「誠実さ」「許し」といった、友情に関わる抽象的な概念について、自分なりの定義や考えをグループで共有し、すり合わせる活動。
- アンケートからの出発: クラス内で匿名で「友達に一番求めること」「友達との間で困ったこと」などの簡単なアンケートを取り、その結果から対話のテーマを掘り下げる。
実践におけるポイントと注意点
- 安全な空間作り: どのような意見でも安心して言える、否定されない雰囲気作りが最も重要です。先生自身が子どもの意見を尊重し、共感的な姿勢で臨むことが不可欠です。
- ファシリテーターとしての役割: 先生は「正解を教える人」ではなく、子どもたちの思考や対話を「引き出す人」に徹します。特定の意見に誘導したり、自分の考えを押し付けたりしないよう注意が必要です。
- 問いの立て方: 子どもたちの発達段階やクラスの実態に合わせて、興味関心を引き、考えたくなるような問いを設定することが重要です。「はい/いいえ」で終わる問いではなく、多様な答えや考えを引き出す問いを工夫します。
- 時間の確保と配分: 哲学対話は、子どもたちがじっくり考え、互いの話を聞く時間が必要です。最低でも30分、可能であれば45分~1時間程度を確保できると良いでしょう。導入、個人思考、グループ対話、全体対話、振り返りといった各段階に適切な時間を配分します。
- 全ての子どもが参加できる工夫: 積極的に発言する子だけでなく、内気な子や考えをまとめるのに時間がかかる子も対話に参加できるよう配慮します。書く活動を取り入れたり、少人数グループでの発言を促したり、「〇〇さんの意見を聞いて、どう思った?」と特定の個人に優しく働きかけたりする工夫が考えられます。
想定される子どもの反応と対話の例
- 低学年: 「一緒に遊んでくれる人!」「好きなものが同じ人」「喧嘩してもまた仲直りする人」といった、具体的な行動や共通点を挙げる反応が多いでしょう。
- 先生:「一緒に遊んでくれなくなったら、友達じゃなくなるのかな?」「好きなものが違っても友達になれるかな?」などと問いを深める。
- 中学年: 上記に加え、「困った時に助けてくれる人」「秘密を話せる人」など、関係性の深さや信頼といった要素に言及する子どもも出てきます。
- 先生:「困っている人を助けるのは、友達じゃなくても良いことかな?友達を助けるのはどうして特別なの?」「秘密を話せる相手は、どうして友達なの?」と理由や定義を問い直す。
- 高学年: 「嘘をつかない人」「信頼できる人」「お互いを理解しようとする人」といった、より抽象的な関係性や内面的な結びつきに言及する考えが増えます。また、グループ内での葛藤や、多数派と少数派の意見の違いといった、社会的な側面にも考えが及びやすくなります。
- 先生:「『信頼』ってどういうこと?」「友達と意見が違う時、自分の意見を曲げるのは友達のため?それとも違う?」など、概念の掘り下げや倫理的な問いを投げかける。
多様な意見が出ることが自然であり、それぞれの意見に「なぜそう思うの?」と理由を尋ねることで、子どもたちの思考のプロセスが見えやすくなります。
成功事例と失敗事例から学ぶ示唆
成功事例
あるクラスで「友達とそうじゃない人は、何が違う?」という問いで対話を行った際、多くの子が「一緒に遊ぶか遊ばないか」を挙げました。しかし、ある子が「一緒に遊ばなくても、その人が困っていたら心配したり、応援したりする気持ちがあれば友達だと思う」という意見を述べました。この発言をきっかけに、「友達」の定義は行動だけでなく、心の持ちようや相手への思いやりにも関係するという、より深い気づきがクラス全体に生まれました。先生がこの意見を丁寧に拾い上げ、「〇〇さんは、友達っていうのは心の中の気持ちのことかもしれない、って考えたんだね」と問いを広げたことが、対話の深まりに繋がりました。
失敗事例
別のクラスで「友達」について対話を行った際、特定の子の意見が強く、他の子が発言しにくい雰囲気が生まれてしまいました。また、対話が途中から特定の友達関係に関する個人的な愚痴や批判になってしまい、哲学的な問いから離れてしまったケースがありました。これは、先生がファシリテーターとして対話の流れを適切に調整できなかったこと、また、対話のルールや目的意識が十分に共有されていなかったことが原因として考えられます。個人的な感情の吐露に終わらず、そこから一般的な「友達」という概念や関係性のあり方について考える問いに引き戻すファシリテーションの技術が求められます。
学びと示唆
哲学対話では、予想外の方向へ話が進むこともあります。大切なのは、その場で起きていることを観察し、子どもたちの言葉の背後にある考えを捉え、再び中心の問いに戻ったり、新しい問いを立てたりする柔軟なファシリテーションです。また、子どもたちが安心して本音を話せる関係性がクラス内に築かれているかどうかも、対話の質に大きく影響します。
多忙な現場でも取り入れやすい工夫
- 短い時間で区切る: 45分や1時間のまとまった時間を取るのが難しければ、朝の会や帰りの会、学級活動の冒頭などで10分~15分程度の短い対話を継続的に行うことも有効です。「今日の問い」として一つ問いを提示し、短い時間で考えを共有するだけでも、哲学的に考える習慣を育む第一歩となります。
- 既存の時間と連携: 道徳や国語(物語の登場人物の気持ちを考える)、特別活動(クラスのルール作りや係活動)などの時間と連携させ、関連するテーマが出た際に哲学的な問いを挟む形で実施します。
- ワークシートやカードの活用: 事前に問いや簡単な選択肢、書き込み欄を設けたワークシートやカードを用意しておくことで、導入や個人思考の時間を効率的に進めることができます。
- 子どもたちの「なぜ?」を逃さない: 日常的な子どもたちの「なぜ?」「どうして?」という疑問の中に哲学的な問いの種が隠されています。その場で「良い問いだね。みんなはどう思う?」と問いかけたり、その問いをメモしておき、後日改めて対話のテーマとして扱ったりする工夫も効果的です。
おわりに:関係性を深く考える学びとして
「友達」というテーマでの哲学対話は、子どもたちが自分自身の内面に向き合い、他者との関係性を深く考える貴重な機会となります。正解のない問いについて考える過程で、子どもたちは他者の多様な価値観に触れ、自分自身の考えを深める経験をします。
これらの経験は、単に「友達」という言葉の意味を知るだけでなく、他者理解、コミュニケーション能力、そして社会の一員として生きていく上で基盤となる対話的な態度の育成に繋がります。ぜひ、日々の教育活動の中で、子どもたちが「友達」について立ち止まって考える時間を取り入れてみてはいかがでしょうか。