実践!哲学教育ノート

「友達」ってなんだろう?:関係性を哲学する対話の授業実践例

Tags: 哲学対話, 小学校, 関係性, 友情, 対話教育

はじめに:「友達」という身近なテーマを哲学する意義

小学校の子どもたちにとって、「友達」は日々の生活の中で最も身近で重要な存在の一つです。休み時間や放課後、グループ活動など、様々な場面で友達との関わりがあります。しかし、「友達とは何か」「友達との関係性をどう築くか」といった問いは、実は非常に深く、哲学的な考察の対象となり得ます。

本記事では、小学校の子どもたちにとって身近な「友達」というテーマを取り上げ、哲学対話を通して子どもたちが人間関係の本質や多様な価値観に触れる授業実践の具体的な進め方を紹介します。子どもたちが主体的に考え、互いの意見を聞き、対話を通じて「友達」という概念や自身の関係性について深く探求する機会を創出することを目指します。

なぜ「友達」について哲学対話をするのか

「友達」という言葉は日常的に使われますが、その定義は人それぞれ異なります。一緒に遊ぶ人、困った時に助けてくれる人、秘密を話せる人、いつも一緒にいる人など、子どもたちの考える「友達」像も様々です。

この多様な「友達」像に光を当て、互いの考えを分かち合い、なぜそう考えるのか理由を話し合うことは、子どもたちにとって以下のような力を育むことに繋がります。

哲学対話を通して、子どもたちは既成の概念にとらわれず、自分自身の頭で「友達」とは何かを問い直し、多様な考えに触れる貴重な体験をすることができます。

実践事例:低学年・中学年での「友達」をテーマにした哲学対話

ここでは、低学年・中学年を対象とした「友達」についての哲学対話の具体的な進め方の一例をご紹介します。

対象とねらい

準備物

授業の進め方(例:標準時間45分)

  1. 導入(5分)

    • 今日のテーマが「友達」であることを伝える。
    • 対話のルールを確認する(人の話をよく聞く、否定しない、話したくない時は話さなくて良い、など)。
    • テーマへの関心を高めるための簡単な問いかけや活動を行う。
      • 例:「最近、友達と嬉しかったことはありますか?」と尋ねる。
      • 例:「『友達』と聞いて、どんなことを思い浮かべますか?」と尋ね、出てきた言葉を板書する。
      • 例:友達に関する簡単な絵本や短いお話を読み聞かせ、感想を聞く。
  2. 個人的な思考(10分)

    • 中心となる哲学的な問いを提示する。
      • 問い例: 「友達ってどんな人でしょう?」「友達と友達じゃない人は、何が違うのでしょう?」「どうして友達がほしいのだと思いますか?」
    • 提示された問いについて、一人でじっくり考える時間を持つ。
    • 考えを付箋やメモ用紙に書き出してみる活動も有効です。「友達って〇〇な人」「友達と□□な人は違う」など、短い言葉でも良いので書き出すことで考えが整理されやすくなります。
  3. グループでの共有・対話(15分)

    • 3~5人程度の少人数グループを作る。
    • 各自が考えたこと(書き出したこと)をグループ内で共有する。
    • 共有した考えについて、互いに質問したり、「〇〇さんの考えを聞いて、△△だと思った」「自分は□□だと思うけれど、どう思いますか?」など、対話を促す。
    • 先生は各グループを回り、対話の様子を見守り、必要に応じて「なぜそう思うの?」と問いかけたり、全員が発言できているかなどを確認したりする。
  4. 全体での共有・対話(10分)

    • 全体で輪になって座るなど、互いの顔が見える配置にする。
    • 各グループで話し合ったことの中から、面白かった意見や難しかった問いなどを発表してもらう。
    • 全体で、提示された問いについて、グループでの対話を踏まえてさらに深く対話する。
      • 「〇〇さんの言った『秘密を話せる人』という友達像について、どう思いますか?」
      • 「△△さんが『いつも一緒にいる人』と言ったけれど、もし離れてしまったら友達じゃなくなるの?」
      • 「友達と意見が違う時もありますか?そういう時、友達の関係はどうなるのでしょう?」
    • 先生は特定の意見に偏らないように、様々な考えが表明されるようにファシリテーションを行う。
  5. 振り返り(5分)

    • 今日の哲学対話を通して、新しく気づいたこと、考えが変わったこと、難しかったことなどを一人ずつ簡単に発表してもらう。
    • 「友達について、改めて考えたことはありますか?」「友達の〇〇さんのことを、少し違った目で見るようになったかな?」など、問いかけながら振り返りを促す。
    • 正解はないこと、様々な考えに触れることが大切であることを改めて伝える。

高学年での発展的な実践例

高学年(5年生~6年生)になると、人間関係がより複雑になり、友情、信頼、裏切り、グループの中での立ち位置、インターネット上での関わりなど、様々な課題に直面します。高学年では、より抽象的な問いや、具体的な葛藤を伴う事例を導入することで、対話を深めることができます。

問い例

活動例

実践におけるポイントと注意点

想定される子どもの反応と対話の例

多様な意見が出ることが自然であり、それぞれの意見に「なぜそう思うの?」と理由を尋ねることで、子どもたちの思考のプロセスが見えやすくなります。

成功事例と失敗事例から学ぶ示唆

成功事例

あるクラスで「友達とそうじゃない人は、何が違う?」という問いで対話を行った際、多くの子が「一緒に遊ぶか遊ばないか」を挙げました。しかし、ある子が「一緒に遊ばなくても、その人が困っていたら心配したり、応援したりする気持ちがあれば友達だと思う」という意見を述べました。この発言をきっかけに、「友達」の定義は行動だけでなく、心の持ちようや相手への思いやりにも関係するという、より深い気づきがクラス全体に生まれました。先生がこの意見を丁寧に拾い上げ、「〇〇さんは、友達っていうのは心の中の気持ちのことかもしれない、って考えたんだね」と問いを広げたことが、対話の深まりに繋がりました。

失敗事例

別のクラスで「友達」について対話を行った際、特定の子の意見が強く、他の子が発言しにくい雰囲気が生まれてしまいました。また、対話が途中から特定の友達関係に関する個人的な愚痴や批判になってしまい、哲学的な問いから離れてしまったケースがありました。これは、先生がファシリテーターとして対話の流れを適切に調整できなかったこと、また、対話のルールや目的意識が十分に共有されていなかったことが原因として考えられます。個人的な感情の吐露に終わらず、そこから一般的な「友達」という概念や関係性のあり方について考える問いに引き戻すファシリテーションの技術が求められます。

学びと示唆

哲学対話では、予想外の方向へ話が進むこともあります。大切なのは、その場で起きていることを観察し、子どもたちの言葉の背後にある考えを捉え、再び中心の問いに戻ったり、新しい問いを立てたりする柔軟なファシリテーションです。また、子どもたちが安心して本音を話せる関係性がクラス内に築かれているかどうかも、対話の質に大きく影響します。

多忙な現場でも取り入れやすい工夫

おわりに:関係性を深く考える学びとして

「友達」というテーマでの哲学対話は、子どもたちが自分自身の内面に向き合い、他者との関係性を深く考える貴重な機会となります。正解のない問いについて考える過程で、子どもたちは他者の多様な価値観に触れ、自分自身の考えを深める経験をします。

これらの経験は、単に「友達」という言葉の意味を知るだけでなく、他者理解、コミュニケーション能力、そして社会の一員として生きていく上で基盤となる対話的な態度の育成に繋がります。ぜひ、日々の教育活動の中で、子どもたちが「友達」について立ち止まって考える時間を取り入れてみてはいかがでしょうか。