実践!哲学教育ノート

「失敗する」ってどういうこと?:間違いを乗り越える力を育む哲学対話

Tags: 哲学対話, 小学校, 失敗, 間違い, 思考力, 対話力, 道徳

はじめに:「失敗」や「間違い」を哲学的に考える意義

小学校での学習活動において、「失敗する」「間違える」ということは日常的に起こりうるものです。計算問題で答えが違った、作文がうまく書けなかった、遊具から落ちてしまった、友達とぶつかってしまったなど、子どもたちは様々な「失敗」や「間違い」を経験します。

しかし、「失敗」や「間違い」を単に避けるべきこと、悪いこととして捉えるだけでなく、それらをどのように捉え、そこから何を学び、どのように乗り越えていくかという視点は、子どもたちが主体的に学び、成長していく上で非常に重要です。哲学対話の手法を取り入れることで、子どもたちは「失敗」や「間違い」という身近なテーマについて深く考え、多様な視点に触れ、前向きに捉え直す力を育むことができます。

この記事では、「失敗する」や「間違える」というテーマに焦点を当てた哲学対話の授業実践例と、小学校の現場で実践するための具体的な進め方やポイントをご紹介します。

実践事例:3年生で「失敗」について考えてみる

ある小学校の3年生のクラスで行われた実践事例です。子どもたちが算数のドリルで間違えたり、図工で思ったように作れなかったりした際に、「間違えちゃったから、もうやりたくない」「どうせ私にはできない」といった声が聞かれたことがきっかけとなりました。

教師は、子どもたちが「失敗」や「間違い」に対してネガティブな感情だけでなく、そこから何かを学び取ったり、次に繋げたりする視点を持てるようになってほしいと考え、哲学対話の時間を設定しました。

哲学対話の進め方:「失敗」を問い直す

この授業実践では、以下のようなステップで哲学対話を進めました。

  1. 問いの導入(10分)

    • 子どもたちに、「失敗したな」「間違えちゃったな」と思った時の経験をいくつか尋ねます。例えば、「テストで間違えたこと」「発表でつかえてしまったこと」「友達との約束を忘れてしまったこと」など、身近な具体例を引き出します。
    • 次に、本日の大きな問いを提示します。例えば、「『失敗する』って、どういうことだろう?」や「『間違い』って、悪いことだけなのかな?」といった問いかけです。子どもたちの興味を引きやすいように、少し立ち止まって考えたくなるような問いが良いでしょう。今回は「『失敗する』って、どういうこと?」という問いを中心に据えました。
    • 問いを提示したら、すぐに答えを求めず、「ちょっと考えてみよう」と促し、一人で考える時間(数分程度)を設けます。ノートに書き出したり、頭の中で考えをまとめたりする時間を取ることで、その後の対話が深まりやすくなります。
  2. 対話のルール確認と共有(5分)

    • 哲学対話の基本的なルール(相手の話をしっかりと聞くこと、意見を否定しないこと、話し合いから生まれる疑問も大切にすることなど)を改めて確認します。
    • ここでは「正解はない」ということも共有します。「みんなで『失敗』について、それぞれが考えていることを持ち寄って、一緒に考えていく時間だよ」と伝えます。
  3. 対話の実践(25分)

    • 最初に考えたことを基に、自由に発言できる時間を設けます。「『失敗する』って、どんなことか、考えてみたことを話してくれる人?」と問いかけ、話し始めたい子から順番に話していきます。
    • 出てきた意見を教師が丁寧に受け止め、必要に応じて板書などに箇条書きでメモしていきます。例えば、「思っていた通りにならなかったこと」「うまくできなかったこと」「ダメだったこと」「間違えること」といった言葉が出るかもしれません。
    • 出てきた意見に対して、他の子どもたちが「それってどういうこと?」や「〇〇さんの話を聞いて、△△って思ったんだけど、どうかな?」のように問いかけたり、自分の意見を付け加えたりするように促します。教師は、特定の意見に誘導するのではなく、多様な意見を引き出し、それぞれの意見が持つ意味を子どもたちが考えられるようにファシリテーションします。
    • 対話の中で、「失敗は悪いこと?」という問いが出てきたとします。ある子は「だって、怒られるし、嫌な気持ちになるから悪いことだ」と言うかもしれません。別の子は「でも、失敗しないと、次どうすればいいか分からないから、いいこともある」と言うかもしれません。
    • 教師はそれぞれの意見を尊重し、「悪いことだと思った経験、良いことにつながった経験、どちらもあるよね。どうしてそう思えるんだろう?」のように、さらに考えを深める問いを投げかけます。
    • 「間違いから学ぶ」という視点が出てきたら、「間違いから何を学ぶんだろう?」「どうすれば学べるんだろう?」と掘り下げていきます。
    • 想定される子どもの反応:
      • 積極的に自分の経験や考えを話す子。
      • 他の子の意見を聞いて、考えが変わったり、新たな疑問を持ったりする子。
      • 自分の意見を言うのが苦手でも、他の子の話を聞いて学んでいる子。
      • 「正解は何?」と尋ねてくる子(その都度、「正解はない、みんなで考える時間だよ」と伝える)。
      • 特定の意見に固執したり、他の意見を否定したりする子(ルールの再確認や、「違う考えもあるんだね」と受け止める言葉かけを行う)。
  4. 振り返りとまとめ(10分)

    • 今日の対話で考えたこと、他の人の意見を聞いて新しく気づいたことなどを一人ずつ簡単に発表する時間を持ちます。「今日の哲学対話で、『失敗』についてどんなことを考えましたか?」と問いかけます。
    • 板書にまとめた意見などを共有しながら、多様な考えがあったこと、「失敗」には様々な側面があることに気づいたことなどを確認します。
    • 「『失敗』って、みんなにとって、どんなものかな?今日の話を聞いて、また考えてみてね」と伝え、対話を締めくくります。

実践のためのポイント、注意点

成功・失敗事例と考察

成功事例: あるクラスでは、「失敗から学ぶ」というテーマで対話が深まり、「失敗って、次に活かすためのヒントなんだ」「失敗した自分も、頑張ったって認めてあげたい」といった前向きな意見が出ました。子どもたちが互いの失敗談を笑いながらも真剣に聞き合い、共感したり、「私もそういうことある!」と連帯感を持ったりする様子が見られました。これは、否定されない安心感のある場が作れたこと、問いが子どもたちの経験に寄り添っていたことが成功要因と考えられます。

失敗事例: 別のクラスでは、一部の子どもが「失敗は絶対悪いことだ」と強く主張し、他の意見をなかなか受け入れられない状況が見られました。また、「失敗談なんて恥ずかしいから話したくない」という子がほとんどで、対話が深まりませんでした。この事例からは、事前の場作りの不徹底や、テーマが子どもたちにとってまだデリケートすぎた可能性が考えられます。失敗談を無理に引き出すのではなく、一般的な「失敗」という言葉や、フィクションの事例から入るなど、導入を工夫する必要があるかもしれません。

多忙な現場でも取り入れやすい工夫

まとめ

「失敗する」や「間違える」という経験は、子どもたちの成長に欠かせないものです。哲学対話を通して、これらの経験を多角的に捉え直し、そこから学びを得る姿勢を育むことは、子どもたちが変化の多い現代社会を生き抜く上で大切な力となります。

教師は、子どもたちが安心して自分の考えを表現できる場を作り、ファシリテーターとして対話をサポートすることで、子どもたち自身の力で「失敗」や「間違い」の意味を深く探求していくことができるでしょう。ぜひ、皆様のクラスでも身近なテーマから哲学対話を取り入れてみてください。