「どちらを選ぶ?」:子どもたちと「選択」について哲学する対話の授業実践例
はじめに:なぜ子どもたちと「選択」を哲学するのか
私たちの日常は、大小さまざまな選択に満ちています。朝、何を着るか。給食でどのパンを選ぶか。休み時間に誰と遊ぶか。将来、どんな仕事に就きたいか。子どもたちもまた、日々多くの選択に直面しています。
これらの選択は、単に「どちらかを選ぶ」という行動だけでなく、その選択に至る理由を考え、選択の結果を受け止め、時には後悔したり、学びを得たりするプロセスでもあります。哲学対話を通して「選択」について考えることは、子どもたちが自分の考えを持ち、他者との関係の中でより良い判断をするための基盤を育むことにつながります。これは、変化の激しい現代社会を生きる上で不可欠な、思考力、判断力、そして自己決定力を養う上で重要な教育的意義を持ちます。
ここでは、小学校の子どもたちと「選択」について哲学的に対話するための具体的な授業実践例をご紹介します。
授業実践例:「どちらを選ぶ?」を考える哲学対話
1. 対象とテーマ設定の考え方
- 対象学年: 主に中学年~高学年を想定しています。低学年でも、より簡単な事例を用いれば実施可能です。子どもの発達段階に合わせて、扱う選択の事例や深掘りの度合いを調整することが重要です。
- テーマの入り口: 子どもたちにとって身近で、正解が一つではない「選択」の場面をテーマの入り口とします。
2. 授業の進め方と活動例(高学年向け例)
所要時間: 45分~60分
準備物:
- テーマ提示用の簡単なイラストや短い物語、あるいは具体的な場面設定カード
- 対話のルールを確認するための掲示物やカード
- 必要に応じて、自分の考えを書き出すワークシート
授業の流れ:
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導入(5分):
- 教師から、「今日は『どちらを選ぶ?』ということについて、みんなで一緒に考えてみましょう」と問いかけます。
- 子どもたちが日々行っている身近な選択の例をいくつか挙げます。「朝ごはん何食べたかな?」「今日の給食のメニューは?」など。
- 今日の対話が、正解を探すのではなく、多様な考えに触れ、自分の考えを深める時間であることを伝えます。
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テーマ提示(10分):
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具体的な「選択」の場面を提示します。例として、以下のような物語やイラストを用います。
- 事例: あなたは放課後、楽しみにしていたテレビ番組を見ようと思っていました。でも、友達から「一緒に公園で遊ばない?」と誘われました。公園で遊ぶのも大好きです。さあ、あなたなら「どちらを選ぶ?」
- 提示した事例について、子どもたちに考えを巡らせる時間を与えます。すぐに答えを出させるのではなく、「この場面、どう思う?」と問いかけ、自由な発想を引き出します。
- 事例: あなたは放課後、楽しみにしていたテレビ番組を見ようと思っていました。でも、友達から「一緒に公園で遊ばない?」と誘われました。公園で遊ぶのも大好きです。さあ、あなたなら「どちらを選ぶ?」
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問いの共有と対話(25分):
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事例から派生する哲学的な問いを、子どもたちと一緒に見つけたり、教師が提示したりします。
- 「なぜ、そう選ぶの?」(選択の理由を問う)
- 「選ばなかったらどうなるかな?」(別の選択肢や結果を考える)
- 「もし、どちらかしか選べないとしたら、何を大切にして決める?」(価値観を問う)
- 「選んだことには責任があると思う?」(責任を考える)
- 「すぐに決められない時、どうすればいい?」(迷いや決断プロセスを考える)
- 「みんなの意見を聞いてから決めるのは良いこと?」(他者との関係、多数決などを考える)
- これらの問いの中から、子どもたちが最も考えたい、話したいと思う問いを選び、哲学対話を始めます。
- 対話は円形になって座る「哲学対話」の形式で行います。
- 教師はファシリテーターとして、特定の子どもに発言を促したり、「それはどういう意味?」「他の人はどう思う?」と問い返したりしながら、対話を深めていきます。
- 全ての意見を否定せず、「そういう考えもあるね」と受け止めながら進めます。
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振り返り(5分):
- 今日の対話で考えたこと、友達の意見を聞いて新しく気づいたことなどを共有します。
- 「『選ぶ』って、今日考えてみてどんなことだと思った?」などと問いかけ、まとめの言葉を引き出します。
- 答えは一つではないこと、これからも様々な場面で「自分で考えて選択すること」が大切であることを伝えて締めくくります。
3. 実践のポイントと注意点
- 安全な場づくり: どんな意見でも安心して話せる、否定されない雰囲気を作ることが最も重要です。
- 教師の役割: 教師は答えを教えるのではなく、問いを立て、子どもたちの話に耳を傾け、対話を促す役割に徹します。
- 問いの立て方: 子どもたちの興味を引き、多様な意見が出やすい、開かれた問いを選ぶことが大切です。
- 時間配分: 対話が盛り上がりすぎると時間内に収まらなくなることがあります。事前に目安の時間を伝えたり、終了時刻を意識したりしながら進めます。
- 全員参加: 発言が得意でない子どももいます。書く機会を設けたり、グループで話してから全体で共有したり、うなずきや相づちで参加を促したりするなど、様々な形での参加を認めます。
4. 想定される子どもの反応と対話例
- 子どもの発言例: 「テレビ見たいからテレビを選ぶ」「友達と遊びたいから公園に行く」
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教師の問い返し例:
- 「どうしてテレビが見たいと思ったの?」
- 「どうして公園に行きたい気持ちになったの?」
- 「両方とも楽しみにしていた気持ちは、選ぶ時にどう関係するかな?」
- 「もし、両方同時にできないとしたら、どっちを諦めることになる?その時の気持ちは?」
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発展的な問いかけ例:
- 「もし、テレビと公園遊び、どちらかを選んだら、もう片方は二度とできないとしたら、どう決める?」
- 「自分が決められなくて、他の誰かに決めてもらうのは楽かな?自分で決めるのと何が違う?」
5. 成功事例とそこから学べる示唆
- 成功事例: 一人の子どもの発言に対して、複数の子どもが「それについて自分はこう思う」「こういう場合はどう?」と自然に問い返し、対話が深まっていった。最初は単に「好きな方を選ぶ」という意見が多かったのが、対話を通して「将来のこと」「友達との関係」「約束」「後悔しないためには」など、様々な視点から選択の理由を考えるようになった。
- 示唆: 子どもたちが自ら問いを立てたり、他者の意見に触発されて考えを深めたりするプロセスこそが哲学対話の醍醐味です。教師は焦って答えに導こうとせず、子どもたちの「問い」や「理由」に寄り添う姿勢が重要です。
6. 多忙な現場で取り入れる工夫
- 時間短縮: 朝の会や帰りの会で、一つの問いについて数分間だけ自由に意見交換する時間を設ける。
- 既存教科との連携: 道徳や総合的な学習の時間、特別活動などの時間を利用して実施する。「公平」「協力」「友情」「夢」といったテーマと関連付けて、その中で生じる「選択」の場面について考える。
- 教材の活用: 絵本や短いニュース記事など、子どもの身近なテーマを扱った教材を活用し、提示の手間を省く。
まとめ:「選ぶ」ことを考える力は生きる力
子どもたちが「どちらを選ぶ?」と問い、その理由を考え、多様な意見に触れる経験は、単に何かを決める力を育むだけでなく、自分の価値観に気づき、他者を理解し、責任を持って行動する力を養います。日々の小さな選択から、将来の大きな選択まで、自分で考え、納得して決める経験を積み重ねることは、子どもたちが主体的に生きる力を育むことにつながります。
ぜひ、教室で子どもたちと一緒に「どちらを選ぶ?」を哲学してみてください。その対話の中から、きっと子どもたちの豊かな思考と成長の芽を見つけることができるでしょう。