実践!哲学教育ノート

『どんな時にしあわせ?』:子どもたちと「幸せ」を哲学する対話の進め方

Tags: 哲学対話, 幸せ, 小学校, 授業実践, 対話力

はじめに:小学校で「幸せ」について考えることの意義

「幸せ」という言葉は、子どもたちにとっても身近な言葉です。しかし、「幸せってなんだろう」「どんな時に幸せを感じるのだろう」と深く考える機会は、意外と少ないかもしれません。哲学対話を通して「幸せ」について考えることは、子どもたちが自分自身の内面と向き合い、他者の多様な価値観に触れる貴重な機会となります。

このテーマは、特定の正解がなく、一人ひとりの経験や感じ方に基づいているため、子どもたちが安心して自分の考えを表現し、他者の意見に耳を傾ける練習をするのに適しています。また、日常の中にある小さな「幸せ」に気づくきっかけにもなり、自己肯定感や他者への共感を育むことにもつながります。

この記事では、小学校の授業で子どもたちと「幸せ」について哲学対話を行うための具体的な進め方やポイント、実践例をご紹介します。

哲学対話のテーマ設定:「どんな時にしあわせ?」

「幸せ」という大きなテーマを子どもたちと考える際に、まずは具体的な問いから入ることが大切です。今回の対話では、「どんな時にしあわせ?」という問いを軸に進めます。

この問いは、子どもたちが自分の経験を振り返りやすく、多様な答えが引き出しやすいという特徴があります。「遊んでいる時」「美味しいものを食べている時」といった具体的な場面から、「友達と笑っている時」「誰かが喜んでいるのを見た時」といった関係性の中での感情、「一人で静かに本を読んでいる時」といった個人的な時間、「難しい問題が解けた時」といった達成感など、様々な視点からの「幸せ」が出てくることが期待できます。

授業実践:対話を進めるためのステップと準備

対象と想定される学年への配慮

このテーマは、小学校のどの学年でも扱うことができます。ただし、学年に応じて問いかけの深さや活動内容を調整する必要があります。

授業の進め方(例:中学年以上)

  1. 導入(5分):

    • 今日のテーマが「幸せ」であることを伝え、哲学対話の時間を始めることを告げます。
    • 哲学対話のルール(人の話をよく聞く、否定しない、安心して話せる場にすることなど)を再確認します。
    • 「みんなは、『しあわせ』ってどんな時に感じるかな?」と問いかけ、導入のきっかけとします。簡単なアイスブレイクとして、隣の人と一言ずつ「最近あった小さな幸せ」を話してみるのも良いでしょう。
  2. 問いの共有と個別思考(10分):

    • 今日の問い「どんな時にしあわせ?」を提示します。(ホワイトボードなどに書く)
    • まず、一人ひとりでこの問いについて考え、思いつく「しあわせ」な時を紙や付箋に書き出してもらいます。(言葉だけでなく、絵でも良い)
    • 「一つだけでなく、いくつか書いてみよう」「どうしてそう思うのかも少し考えておくと良いね」などと促します。
  3. ペア・グループでの話合い(15分):

    • 2人組や3〜4人のグループになり、それぞれが書き出した「しあわせ」な時を発表し合います。
    • 「〇〇さんは、どんな時にしあわせ?」「へえ、それはどうして?」などと、互いに質問したり、感想を伝え合ったりする時間を設けます。
    • 教師はグループを回りながら、話合いの様子を見守り、必要に応じて簡単な声かけをします。話が止まっているグループには、「どんな話が出た?」と聞いてみたり、「もっと詳しく教えてもらえる?」と深掘りを促したりします。
  4. 全体での対話(20分):

    • グループで話した内容や、特に気になった意見などを全体で共有します。
    • 教師がファシリテーターとなり、対話を進めます。
    • 出てきた意見を板書するなどして、子どもたちの考えを「見える化」します。
    • 対話のポイント:
      • 多様な意見を歓迎し、「面白い考えだね」「なるほど、そういう考え方もあるね」などと肯定的に受け止めます。
      • 「〇〇さんの話を聞いて、どう思いましたか?」と、他の子の意見への応答を促します。
      • 似た意見と違う意見を見比べ、「ここが似ているね」「ここが違うのはどうしてだろう?」などと比較を促す問いを投げかけます。
      • 「もし△△だったら、しあわせと言えるかな?」などと、条件を変えて考えてみる問いも効果的です。
      • 沈黙を恐れず、子どもたちが考える時間を十分に取ります。
      • 特定の意見に偏らないよう、様々な意見が出ているか意識します。
  5. 振り返り(5分):

    • 今日の対話を通して気づいたこと、考えたこと、感じたことなどを簡単に振り返ります。
    • 「友達の『しあわせ』な時を聞いて、どう思いましたか?」「今日の対話で、新しく気づいたことはありますか?」などと問いかけます。
    • 感想を簡単に書き出したり、全体で一言ずつ発表したりします。

準備物

実践におけるポイント・注意点・よくある課題

想定される子どもの反応と対話の例

(対話例)

教師: 「みんな、今日は『しあわせ』について考えてみよう。最初の問いは『どんな時にしあわせ?』です。〇〇くん、どうかな?」

子どもA: 「おやつを食べている時!」

教師: 「なるほど、美味しいものを食べている時ね。他にどうかな?△△さん。」

子どもB: 「友達と遊んでいる時です。」

教師: 「友達と遊んでいる時もしあわせなんだね。□□さんはどう?」

子どもC: 「先生に褒められた時です。」

教師: 「褒められた時も嬉しいし、しあわせな気持ちになるね。みんな、色々な『しあわせ』の時を教えてくれてありがとう。出てきた意見を見てみると、『美味しいものを食べる』とか『遊ぶ』とか、楽しい時が多いみたいだね。じゃあ、みんなが話してくれた『しあわせ』って、何か共通することってあるかな?」

子どもD: 「楽しい気持ちになることです。」

教師: 「お、良い視点だね。しあわせな時は、楽しい気持ちになることが多いかもしれない。他にはどうかな?」

子どもE: 「一人じゃない時。友達といる時とか、家族といる時。」

教師: 「なるほど、誰かと一緒にいる時にしあわせを感じることもあるんだね。じゃあ、一人でいる時はしあわせじゃないのかな?」

子どもF: 「でも、一人で好きな本を読んでいる時もしあわせだよ。」

教師: 「お、そういう考え方もあるね!一人で好きなことをしている時もしあわせ。つまり、『しあわせ』って、一人でいても感じる時もあれば、誰かと一緒にいても感じる時もあるってことかな?」

子どもたち: 「うん」

教師: 「面白いね。じゃあさ、『しあわせ』って、目に見えるものかな?それとも見えないものかな?」

子どもG: 「おもちゃとかプレゼントは目に見えるよ。あれをもらった時もしあわせだから、目に見えるんじゃない?」

子どもH: 「でも、楽しい気持ちとか、嬉しい気持ちは目に見えないよ。しあわせって気持ちのことだから、見えないんじゃないかな。」

教師: 「なるほどね。〇〇くんは『しあわせは目に見える』と思った理由を教えてくれたし、△△くんは『見えない』と思った理由を教えてくれた。どちらも面白い考え方だね。『しあわせ』には、プレゼントみたいに形があるものをもらった時に感じるものもあれば、気持ちみたいに形がないものもあるのかもしれないね。」

多忙な現場でも取り入れやすい工夫

哲学対話を授業でじっくり行う時間を確保するのが難しい場合もあります。そのような場合は、以下のような工夫を取り入れることが可能です。

まとめ:子どもたちの「幸せ」を探求する旅

「どんな時にしあわせ?」という問いから始まった対話は、子どもたちが日常の中にある当たり前の出来事の中に「幸せ」を見つけたり、一人ひとりにとっての「幸せ」が異なることを知ったり、目に見えるものだけでなく心の状態も「幸せ」に関わることに気づいたりするきっかけとなります。

教師はファシリテーターとして、子どもたちの言葉に丁寧に耳を傾け、問いを投げかけ、子ども同士の対話を繋いでいく役割を担います。「これが幸せだ」と決めつけるのではなく、多様な「幸せ」のあり方を認め合う経験は、子どもたちの豊かな感性や、他者への理解を育む上で重要な意味を持つでしょう。

この実践が、先生方と子どもたちが共に「幸せ」について深く考える、実りある時間となることを願っています。