実践!哲学教育ノート

「学ぶってどういうこと?」:学習への主体性を育む哲学対話の授業実践

Tags: 哲学対話, 学習指導, 主体的学び, 授業実践, 小学校教育

授業で「学ぶってどういうこと?」を哲学対話してみませんか

子どもたちは学校で多くの時間を「学ぶこと」に費やしています。しかし、「なぜ学ぶの?」という素朴な問いに、子どもたち自身が深く考え、納得のいく答えを見つけ出す機会は案外少ないかもしれません。哲学対話は、まさにこのような根源的な問いについて、子どもたちが自分の頭で考え、他者と対話しながら理解を深めていくための有効な手段となります。

この記事では、「学ぶってどういうこと?」という問いをテーマにした哲学対話の授業実践例をご紹介します。この対話を通じて、子どもたちが学習への主体性を育み、学びそのものに対する内発的な動機付けを見つけるきっかけとなれば幸いです。

実践事例:小学高学年での「学ぶってどういうこと?」哲学対話

1. テーマ設定の意図と対象

このテーマは、子どもたちが日々の学習活動の意味を問い直し、受動的ではなく能動的に学ぶ姿勢を育むことを目的としています。「なぜ勉強するの?」という疑問は子どもたちからよく聞かれますが、この問いを単なる目的(テストの点数を取る、良い学校に入るなど)だけでなく、「学ぶ」という行為そのものの性質や価値に焦点を当てて掘り下げたいと考えました。

小学高学年は、抽象的な思考が可能になり、自分の考えを言葉で表現することにも慣れてくるため、哲学対話に適した時期と考えられます。中学年でも導入部分を工夫すれば実践可能です。

2. 授業の進め方(例)

準備物: * 問いが書かれたカードまたはホワイトボード * 付箋、ペン * 模造紙または大きな紙(KJ法のように意見をまとめる場合) * 対話のルールを書いたもの

ステップ:

  1. 導入(10分):

    • リラックスできる雰囲気を作るため、席を円形にするなど対話に適した場を設定します。
    • 「今日は『学ぶってどういうこと?』ということについて、みんなで一緒に考えてみたいと思います。」と、対話のテーマを提示します。
    • 「学校で勉強していること、家で新しく知ったこと、習い事でできるようになったこと。色々な『学ぶ』があるけれど、そもそも『学ぶ』ってどういうことなのかな?」など、身近な例を挙げながら問いかけます。
    • 哲学対話の基本的なルール(人の話をよく聞く、相手の考えを否定しない、分からないときはパスしても良い、思ったことを正直に話すなど)を確認します。
  2. 個人の考えの共有(15分):

    • 一人ひとりに付箋を配り、「『学ぶってどういうこと?』と聞いて、頭に浮かんだこと、思ったこと、言葉になったことなどを自由に書いてみましょう」と伝えます。単語でも文章でも良いこと、いくつ書いても良いことを伝えます。
    • 書き終わった人から、書いた付箋を全体で見える場所に貼り出してもらいます(ホワイトボードや模造紙など)。
    • 貼り出された付箋を見ながら、いくつかの子どもに「これはどういう意味かな?」「もう少し詳しく教えてくれる?」と尋ね、書いた内容を簡単に発表してもらいます。多様な考えがあること、それぞれの考えを大切にすることを共有します。
  3. 対話と深掘り(25分):

    • 貼り出された付箋の内容や、子どもたちの発表から、対話の出発点となるいくつかの考えを選びます。「『知らなかったことが分かるようになること』って書いてくれた人がいるね。知るっていうのはどういうことだろう?」「『テストでいい点をとること』という意見もあったね。テストの点がいいと、それは学んだって言えるのかな?」「『できるようになること』と『分かること』は同じかな、違うかな?」など、子どもたちの発言を拾い上げ、対話を促す問いかけを投げかけます。
    • 子どもたちの発言に対し、「なぜそう思うの?」「それは例えばどんな時?」「もし〇〇だったら、それは学ぶって言えるかな?」など、さらに掘り下げる質問を投げかけます。
    • 子ども同士の対話を促します。「△△さんの考えを聞いて、どう思った?」「〇〇さんの意見と似ているね、どこが同じでどこが違うだろう?」
    • 先生はファシリテーターとして、特定の意見に偏らず、様々な声を引き出し、対話の流れを調整します。沈黙も大切な「考える時間」として尊重します。
  4. まとめと振り返り(10分):

    • 今日の対話でどんな考えが出たか、振り返ります。先生がまとめるよりも、子どもたち自身に「今日の対話で印象に残ったことは?」「新しく気づいたことは?」と問いかけ、共有してもらうのが良いでしょう。
    • 「学ぶってどういうことか、一つの答えは出なかったけれど、色々な考えがあることが分かったね。そして、学ぶことの中には、テストの点数だけじゃなくて、知る楽しさや、できるようになった時の嬉しさ、誰かと一緒に考えることなども含まれているのかもしれないね。」など、多様な視点があったことを確認し、学びの広がりを示唆します。
    • 今日の対話をこれからの学習にどう活かしたいか、簡単に考える時間を設けることも有効です。

3. 実践におけるポイントと注意点

4. 想定される子どもの反応や対話の例

このように、多様な意見を繋げ、共通点や相違点を比較検討することで、学びに対する多角的な理解へと深めていきます。

5. 成功・失敗事例とその示唆

成功事例: 子どもたちが「学び」に対する自分なりの定義を言葉にし、他の友達の意見を聞いて「なるほど、そういう考えもあるのか」と気づきを得た。対話を通して、学びが「誰かにさせられるもの」ではなく、自分自身の内側から湧き上がる探究心や好奇心に基づいている可能性に気づいた子どももいた。授業後の振り返りで、「これからはテストのためだけでなく、もっと面白がって勉強してみようと思った」といった感想が見られた。

失敗事例: 一部の子どもだけが話し続け、他の子どもたちはほとんど発言しなかった。先生が意図した方向へ議論を誘導しようとしてしまい、子どもたちの自由な発想を妨げてしまった。テーマが抽象的すぎて、子どもたちが具体的なイメージを持ちにくかった。

失敗から学ぶこと: 対話に参加しやすい雰囲気づくりや、全員が安心して話せる工夫は不可欠です。先生の役割は答えを教えることではなく、あくまで子どもたちの思考と対話を「手助け」することに徹する必要があります。テーマ設定や最初の問いかけは、子どもたちの実生活や関心に寄り添うものが効果的です。また、対話に慣れていない場合は、少人数グループでの対話から始めたり、書く活動を多めにしたりするなどの配慮も有効です。

6. 多忙な現場でも取り入れやすい工夫

本格的な哲学対話を授業時間全てを使って行うのが難しい場合でも、一部を取り入れることは可能です。

まとめ

「学ぶってどういうこと?」という哲学対話は、子どもたちが自分自身の学習をメタ認知し、学びに対する多様な価値観に触れる貴重な機会となります。それは単に勉強のやり方を教えるのではなく、なぜ学ぶのか、学びそのものにどのような意味や価値があるのかを、子どもたち自身が探求していくプロセスです。

この対話を通して、子どもたちが受動的な学習者から能動的な探究者へと変化していく可能性を秘めています。多忙な日々の実践の中で、少しずつでも哲学対話を取り入れてみることで、子どもたちの「考える力」「問いを立てる力」「対話する力」を育んでいけることを願っています。