実践!哲学教育ノート

『心が動く』ってどういうこと?:多様な気持ちに気づく哲学対話

Tags: 哲学対話, 感情, 気持ち, 対話, 小学校教育

なぜ、小学校で「気持ち」について哲学対話を行うのか

子どもたちは日々の生活の中で、様々な出来事に遭遇し、心が動揺したり、嬉しくなったり、悲しくなったりします。こうした「気持ち」は、一人ひとりの内面にある大切なものですが、それを言葉にして表現したり、なぜそう感じるのか深く考えたり、他者の気持ちとの違いに気づいたりする機会は意外と少ないかもしれません。

道徳科や特別活動の時間で、登場人物の気持ちを考えたり、自分の気持ちと向き合ったりすることは大切にされています。哲学対話は、こうした「気持ち」という、ともすれば個人的な、答えのないテーマについて、多様な視点から問いを立て、他者と共に考える深い学びの場を提供します。

この対話を通して、子どもたちは * 自分の気持ちに気づき、言葉にする練習をする * 同じ出来事でも人によって感じ方が違うことを理解する * 「気持ち」そのものについて、「なぜ」「どのように」といった哲学的な問いを持つ * 他者の多様な感情表現を受け止め、共感する姿勢を育む * 内面を深く探求する面白さを知る

といった力を育むことが期待できます。特に、抽象的な概念である「気持ち」を哲学的に捉え直すことは、高学年を中心に、自己理解や他者理解、さらには社会との関わりを考える上での重要な基盤となります。

授業実践例:『心が動く』ってどういうこと?

ここでは、中学年~高学年を対象とした「『心が動く』ってどういうこと?」という問いをテーマにした哲学対話の授業実践例を紹介します。

対象学年: 中学年~高学年(低学年の場合は、より具体的な事例や絵本などを導入に用いると取り組みやすくなります)

時間: 45分〜60分程度

準備物: * 対話のルールを示したカードやポスター(「お互いの話をよく聞く」「違いを大切にする」「分からないと言っても良い」など) * 問いを板書または提示するためのもの(黒板、ホワイトボード、模造紙など) * 必要に応じて、導入で使う絵本、写真、短い動画、あるいは特定の状況を設定したカードなど

授業の流れ:

  1. 導入(10分):

    • 対話の場としての安心できる雰囲気を作ります。対話のルールを確認し、今日のテーマである「気持ち」について、まずは身近な例から入ります。
    • 例:「最近、心が『動いた』出来事はありますか?」「どんな時に『嬉しい』と感じますか?」「友達が悲しそうな顔をしていたら、どんな気持ちになりますか?」など、子どもたちが答えやすい具体的な問いかけをします。
    • 絵本や短い物語を読み聞かせ、登場人物の気持ちについて想像を巡らせるのも良い方法です。
    • 「心が動く」という言葉に焦点を当て、「『心が動く』ってどういうことだろう?」と問いを提示します。
  2. 問いの深掘り・問いの設定(10分):

    • 提示した問い「『心が動く』ってどういうこと?」について、子どもたちから様々な考えや疑問を引き出します。
    • 出された考えや疑問の中から、今回の対話で特に深めたい問いを一つ、あるいはいくつか選びます。これは先生が事前に準備した問いでも良いですし、子どもたちの中から自然に出てきた問いでも構いません。
    • 例として考えられる問い:
      • 「心が動く時と、動かない時は、何が違うのだろう?」
      • 「同じ出来事でも、心が動く人と動かない人がいるのはなぜ?」
      • 「心が動く『向き』(嬉しい、悲しいなど)はどうやって決まるのだろう?」
      • 「『気持ち』に良い・悪いってあるのだろうか?」
      • 「気持ちはなぜ変わるのだろう?」
      • 「気持ちって、どこにあるのだろう?」
      • 「心が動くことは、自分にとって、あるいは他の人にとって大切だろうか?」
  3. 対話の実践(20分〜25分):

    • 選ばれた問いを中心に、子どもたちが自由に発言し、お互いの話を聞き合います。
    • 円形に座るなど、全員の顔が見える配置で行うと対話が活性化しやすいです。
    • 先生はファシリテーターとして、以下の点を意識します。
      • 特定の子に偏らず、様々な意見を引き出すよう促す。
      • 発言の内容を否定せず、まずは受け止める。
      • 「それはどういうこと?」「なぜそう思うの?」など、考えを深める問い返しをする。
      • 異なる意見が出たときに、「〇〇さんはこう考えたけれど、△△さんは違う考えだね。どうして違う考えが出てきたのかな?」のように、違いに焦点を当てる問いかけをする。
      • 話がそれた場合は、優しく問いに戻す。
      • 沈黙を恐れず、子どもたちが考える時間を十分に与える。
      • 先生自身が話しすぎない。
  4. まとめ・振り返り(5分〜10分):

    • 対話を通して気づいたこと、新しく考えたこと、難しかったことなどを共有します。
    • 「今日の対話を通して、〇〇についてどんな風に考え方が変わりましたか?」「何か新しく気づいたことはありますか?」といった問いかけをします。
    • 対話で出された多様な意見を改めて提示し、様々な考えがあることの豊かさに触れても良いでしょう。
    • 今日のテーマについて、まだ考え続けてみたいことなどを共有して終了します。

実践のためのポイントと注意点

想定される子どもの反応や対話例

成功事例と失敗事例、そこから学ぶ示唆

成功事例: * ある子の個人的なエピソードに対して、他の子が「そういう気持ちになったことあるよ」「それは辛かったね」などと寄り添う言葉をかけ、共感の輪が広がる。 * 当初は漠然としていた「心が動く」という言葉について、「それは、自分の内側で何かが変わる感じ」「それは、外からの刺激によって生まれるものかな」など、子どもたち自身が言葉を定義しようと試みる姿が見られる。 * 一つの問いから、「じゃあ、この気持ちはいつまで続くんだろう?」「気持ちはコントロールできるの?」など、新しい問いが次々と生まれる。

失敗事例: * 特定の出来事に対する感想の言い合いになってしまい、哲学的な問いに深まらない。 * 一部の子だけが話し続け、他の子が聞いているだけになる。 * 抽象的な問いに対して、「分からない」「難しい」という反応で止まってしまい、対話が続かなくなる。

そこから学ぶ示唆: * 問いの設定が重要です。子どもたちの経験や関心に寄り添いつつ、少しだけ「あれ?」と考えさせられるような問いを見つけることが大切です。抽象的すぎても、具体的すぎても、対話が深まりにくい場合があります。 * 先生のファシリテーションがカギとなります。話が脱線したときに優しく戻す、特定の意見に偏らないように促す、沈黙を待つ勇気を持つ、などが求められます。 * 対話の「型」に慣れることも必要です。最初は「感想を言い合う場」になりがちですが、回数を重ねるうちに、お互いの意見を聞いて、それに対して自分の考えを述べたり、問い返したりする「対話」のスタイルを子どもたちは学んでいきます。失敗から学び、次に活かす姿勢が大切です。

多忙な現場でも取り入れやすい工夫

まとめ

「心が動く」という、一人ひとりの内面に深く関わるテーマについて哲学対話を行うことは、子どもたちが自分の感情に気づき、他者の多様な感じ方を理解し、自己と他者の関係性を考える上で非常に有効な方法です。すぐにうまくいくとは限りませんが、子どもたちが安心して自分の内面を表現し、他者と共に考える経験は、彼らの豊かな心の成長を育むことでしょう。ぜひ、日々の教育活動の中で、子どもたちの「心が動く」瞬間に立ち止まり、共に考えてみる時間を作ってみてはいかがでしょうか。