子どもたちの『なぜ?』を育てる:授業で活かす哲学的な問いの立て方と引き出し方
はじめに:子どもの「なぜ?」をどう受け止め、どう育むか
子どもたちは日常の様々な場面で「なぜ?」と問いかけます。「なんで空は青いの?」「どうして勉強しなきゃいけないの?」「なんで悪いことしちゃいけないの?」
これらの問いは、子どもたちの世界への好奇心や理解しようとする意欲の表れです。しかし、多忙な授業の中で、これらの問いにじっくり向き合う時間を確保することは難しいと感じる先生もいらっしゃるかもしれません。あるいは、答えのない問いにどう応じれば良いか戸惑うこともあるかもしれません。
哲学を取り入れた教育は、まさにこの「なぜ?」を大切にし、そこから深い思考や対話へとつなげるための有効なアプローチです。単に知識を与えるのではなく、子どもたちが自ら問いを立て、多様な視点から考え、他者と対話しながら探究する力を育むことを目指します。
この記事では、小学校の授業において、子どもたちの素朴な疑問や問いかけを「哲学的な問い」へと発展させ、探究活動につなげる具体的な方法と、実践におけるポイントをご紹介します。
哲学的な「問い」とは
哲学的な問いは、単に知識や情報を問う問いとは異なります。
- 答えが一つではない: 「〇〇はいつ建てられましたか?」のような事実を問う問いではなく、「美しさとは何だろう?」「本当の友達ってどんな人?」のように、簡単に答えが見つからない、あるいは様々な考え方が可能な問いです。
- 日常の前提を問い直す: 当たり前だと思っていることや、常識とされていることに対して、「本当にそうだろうか?」「別の見方はできないだろうか?」と立ち止まって考える問いです。
- 思考を深める: 問いに対して、様々な角度から考えたり、根拠を考えたり、他の考えと比較したりと、思考のプロセスを促す問いです。
子どもたちの「なぜ?」の中には、こうした哲学的な問いにつながる豊かな可能性が秘められています。
子どもの「なぜ?」を哲学的な問いに展開する具体的な方法
子どもたちの日常的な「なぜ?」や、教科の学習で生まれる疑問を、どのように哲学的な問いへとつなげていけば良いのでしょうか。いくつかの方法をご紹介します。
1. 日常のつぶやきや疑問を拾い上げる
休み時間や掃除の時間、帰り際など、子どもたちがふと口にした疑問や不満の中に、哲学的な問いの種が隠されていることがあります。
- 子どもの声: 「先生、〇〇くんがずるいよ!」
- 教師の働きかけ: 「〇〇くんはどんなところが『ずるい』と感じたの?」「『ずるい』って、どんなことかな?」「もし自分が同じ立場だったらどう感じるだろう?」
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哲学的な問いへ: 「ずるい」とはどういうことか?」「公平さとは何か?」「正義とは?」といったテーマへ発展させる可能性があります。
-
子どもの声: 「大人になったら、何でもできるようになるの?」
- 教師の働きかけ: 「どうしてそう思うの?」「〇〇さんは、大人になったらどんなことが『できるようになる』と思う?」
- 哲学的な問いへ: 「成長するとはどういうことか?」「できるようになること、できなくなること?」「自由とは?」「責任とは?」といったテーマへ発展させる可能性があります。
これらの問いかけを、すぐにクラス全体での対話につなげる必要はありません。まずは教師自身がメモするなどして意識しておき、後日改めて短い時間でみんなに投げかけてみる、という形でも良いでしょう。
2. 教科の学習内容から問いを引き出す
国語、算数、理科、社会、生活科など、どの教科の学習内容からも哲学的な問いを引き出すことができます。
- 国語:物語文を読んで
- 登場人物の言動に対して:「どうして〇〇はこんなことをしたのだろう?」「もし自分が〇〇だったらどうする?」
- テーマについて:「この物語が伝えたいことって何だろう?」「『勇気』ってどんなことかな?」
- 社会:歴史上の人物や出来事を学んで
- 人物の選択について:「もし自分がこの時代のリーダーだったら、同じ判断をしただろうか?」「なぜこの人はこのような生き方を選んだのだろう?」
- 制度や慣習について:「昔の人は、なぜこんな決まりを作ったんだろう?」「今の社会の当たり前は、将来どう変わるだろう?」
- 理科:自然現象や実験を通して
- 観察した現象について:「どうしてこんなことが起こるんだろう?」「『当たり前』に見えるけど、本当にそうかな?」
- 科学技術について:「便利な道具は、私たちを幸せにするのだろうか?」
- 図画工作科・音楽科:表現活動を通して
- 作品について:「この作品の『良さ』って何だろう?」「『美しい』ってどういうこと?」
- 自分の表現について:「どうして私はこれを作りたい(表現したい)と思ったんだろう?」
教科書に書かれている事実だけでなく、「なぜこうなったのだろう」「これで良いのだろうか」といった問いを意識的に投げかけ、子どもたちにも疑問を持つことを奨励します。
3. 子ども自身が問いを立てる時間を作る
教師が問いを投げかけるだけでなく、子ども自身が問いを立てる機会を意図的に設けることも重要です。
- 「今日のふしぎリスト」: 授業の終わりに、「今日の学習で一番不思議に思ったこと」「もっと知りたいと思ったこと」「みんなで考えてみたいこと」などを付箋に書いてもらい、共有する時間を持つ。
- 「問いの共有ボード」: 教室に問いを書き留めるボードやノートを用意し、子どもたちがいつでも書き込めるようにする。
- テーマを決めて問い作り: 例:「友達について、みんなで考えてみたい問いを一つ作ってみよう。」子どもたちが考えた問いの中から、特に深めたい問いを選んで話し合う。
子どもたちが自分で問いを立てる過程で、「良い問い」とは何か、「考える価値のある問い」とは何かを自然と学んでいきます。
実践のためのステップと準備
哲学的な問いを授業に取り入れるための基本的なステップと準備です。
- 教師自身の準備: 哲学的な問いは答えが一つではないため、教師も一緒に考え、探究する姿勢が重要です。完璧な答えを知っている必要はありません。むしろ、「先生も一緒に考えてみたい」という姿勢が、子どもの安心感や思考意欲につながります。
- 安全な対話の場の設定: どんな意見も否定されない、安心して発言できる雰囲気作りが最も大切です。「間違った答えはない」「みんなで考えるプロセスが大切」であることを繰り返し伝えます。
- 時間と場所の確保: 毎日でなくても、週に一度、あるいは単元の導入やまとめに短い時間(10分~15分程度)でも構いません。机を向かい合わせにするなど、対話がしやすい物理的な配置も有効です。
- 問いの選び方: 最初は子どもたちの身近な経験や感情に関する問いから入ると良いでしょう。学年に応じて、少しずつ抽象度の高い問いにも挑戦していきます。
- 問いの提示方法: 問いを書いたカードを見せる、問いを大きな声で読み上げるなど、子どもたちが問いを意識しやすい工夫をします。
実践におけるポイントと注意点
- すぐに答えを与えない: 子どもが問いを発したり、多様な意見が出たりしても、教師がすぐに正解や模範解答を示す必要はありません。子どもたちが自分自身で考え、言葉にすること、他者の意見を聞くことを促します。
- 聴く姿勢を大切にする: 発言することと同じくらい、他者の話をしっかり聴くことの重要性を伝えます。相手の意見に耳を傾け、それに対して自分の考えを述べたり、質問したりする対話のスキルを育みます。
- 多様な意見を歓迎する: 意見が対立することもあります。どちらが正しい・間違っているではなく、「そういう考え方もあるね」「違う見方をするとこうなるね」と、多様な視点があることを示します。
- 問いからずれそうになったら: 話題が問いから大きく逸れてしまった場合は、「私たちは今、〇〇という問いについて考えているんだよね。この話は、その問いとどう関係するかな?」などと、問いに立ち戻るように促します。
- 結論を急がない: 必ずしも明確な結論が出るとは限りません。「今日のところはここまで考えられたね」「この問いについて、これからも考え続けてみよう」といった形で終えることも重要です。
- 記録を取る: 子どもたちの発言の要点や、出た意見、対話の流れなどを簡単に記録しておくと、振り返りや次の活動の参考にできます。板書を写真に撮るなども有効です。
想定される子どもの反応と対話の例
- 反応: 「先生、それって答えあるの?」
- 応答例: 「良い問いだね。先生もすぐに答えは分からないな。でも、みんなで一緒に考えることはできるんじゃないかな?色々な考え方があるかもしれないね。」
- 反応: 「難しくてよく分からない。」
- 応答例: 「そうだね、難しい問いかもしれないね。じゃあ、もう少し分かりやすく考えてみるために、例えば〇〇な場合はどうかな?って考えてみようか。」具体例を挙げたり、問いを分割したりして考えやすくします。
- 多様な意見が出て混乱:
- 教師の役割: 一つ一つの意見を肯定的に受け止め、「〇〇さんはこう考えたんだね。□□さんはそれと少し違う考えだね。どうしてそう考えたのかな?」などと、意見の違いを明確にしたり、理由を尋ねたりして整理を促します。必要に応じて意見を板書し、視覚的に整理します。
- 特定の活発な子どもばかりが話す:
- 工夫: 「他の人はどうかな?」「〇〇くんの意見を聞いて、△△さんはどう思った?」など、発言の機会が少ない子どもに緩やかに問いかけたり、ペアやグループでの短い話し合いの時間を挟んだりします。発言の代わりに、書いたり、絵で表現したりする方法を取り入れることも考えられます。
失敗事例から学ぶ示唆
- 失敗例1:教師が「正解」に誘導してしまった
- 状況: ある哲学的な問いについて話し合った際、教師自身に「こう考えさせたい」という意図があり、子どもたちの多様な発言を十分に引き出せず、特定の方向へ誘導してしまった。
- 示唆: 哲学的な対話では、教師はファシリテーターであり、知識の伝達者ではありません。自分の先入観や「あるべき答え」を手放し、子どもたちの思考プロセスに伴走する姿勢が重要です。
- 失敗例2:テーマが子どもたちの関心や発達段階に合わなかった
- 状況: 教師が良い問いだと思って設定したが、子どもたちにとっては抽象的すぎたり、馴染みがなかったりして、ほとんど意見が出なかった。
- 示唆: 問いは、子どもたちの具体的な経験や、学習内容と結びついているほど考えやすくなります。日頃の子どもたちの関心事を把握したり、身近な事例から問いに入ったりする工夫が必要です。
- 失敗例3:対話の時間が取れず、尻切れとんぼになった
- 状況: 良い問いが出て盛り上がったが、授業時間がなくなり、十分に話し合えずに終わってしまった。
- 示唆: 哲学的な問いに取り組む際は、ある程度の時間的余裕を持って計画することが望ましいですが、それが難しい場合は、次回に持ち越すことや、「今日の時点でのあなたの考えは?」と一人ひとりに短い言葉でまとめてもらうなど、区切り方を工夫することが大切です。完璧に「終わらせる」ことよりも、考え続ける種をまくことに価値がある場合もあります。
多忙な現場でも取り入れやすい工夫
- 「今日の問いかけ」: 毎日の授業の冒頭や終わりに、その日の学習内容や出来事に関連した問いを一つだけ提示し、短い時間(3分~5分)だけ自由に考えたり、隣の席の子と話したりする時間を作る。
- 「疑問ポスト」: 教室に「疑問ポスト」を設置し、子どもたちがいつでも「なぜ?」「不思議だな」と思ったことを書いたメモを投函できるようにする。定期的にポストの中身を見て、面白そうな問いをみんなで共有する。
- 既存の教材や活動に哲学的な問いをプラス: 道徳の授業で取り上げる主題や、総合的な学習の時間での探究テーマに、意図的に哲学的な問いを盛り込む。例えば、「決まりはなぜ必要か?」という主題から、「決まりがない世界はどうなるだろう?」「すべての決まりに従う必要があるのだろうか?」といった問いへ広げる。
- 短い言葉で考える習慣: 日常的に「なぜそう思うの?」「他の言い方はできないかな?」「例えばどんなこと?」といった言葉を教師が使うことで、子どもたちの思考を促す習慣をつける。
まとめ:問いとともに学ぶことの価値
子どもたちの「なぜ?」は、単なる知識不足からくる疑問だけでなく、世界に対する根源的な好奇心や、物事の本質を探ろうとする思考の表れです。これらの問いを頭ごなしに否定せず、丁寧に拾い上げ、みんなで考えを巡らせる時間を持つことは、子どもたちの「考える力」「問いを立てる力」「対話する力」を育む上で非常に重要です。
哲学的な問いに取り組むことは、すぐに目に見える成果が現れるものではないかもしれません。しかし、子どもたちが答えのない問いと向き合い、多様な意見に触れ、自分の言葉で考えを表現する経験は、彼らがこれからの不確実な社会を生きていく上で不可欠な、柔軟で批判的な思考力と、他者との協調性を育む基盤となります。
多忙な日々の中で新たな実践を取り入れるのは大変なことですが、まずは短い時間から、身近なテーマから試してみてはいかがでしょうか。子どもたちの「なぜ?」が、教室に豊かな探究の時間をもたらすことを願っています。