「変わる」ってどんなこと?「変わらない」って大切なこと?:小学校で問いを深める哲学対話
はじめに:「変わる」「変わらない」を哲学する意義
子どもたちは日々の生活の中で、様々な「変化」を経験しています。体の成長、できることの増加、クラス替え、新しい友達との出会い。一方で、名前や誕生日、家族といった「変わらない」ものも存在します。これらの「変わる」「変わらない」という経験は、子どもたちが自己を認識し、他者との関係性を築き、世界の仕組みを理解していく上で非常に重要なテーマとなります。
「変わる」とはどういうことなのか?「変わらない」ことはなぜあるのか?何が変わり、何が変わらないのか?そして、変わること、変わらないことそれぞれにどのような意味があるのか?こうした問いは、子どもたちの観察力や内省を促し、多様な価値観に触れる機会となります。「変わる」「変わらない」という日常的な言葉の背後にある哲学的問いを探求することは、子どもたちの考える力、問いを立てる力、そして対話する力を育むための豊かな土壌となるでしょう。
この記事では、小学校において「変わる」「変わらない」をテーマにした哲学対話を行うための具体的な方法や、実践上のポイントについてご紹介します。
実践事例:子どもたちと「変わる」「変わらない」を哲学する対話活動
この実践は、総合的な学習の時間や道徳、あるいは終学活などの時間を活用して行うことができます。対象は小学校中学年〜高学年が適していますが、問いの提示の仕方や扱う具体例を工夫すれば低学年でも可能です。
1. 問いの設定と共有(10分)
まずは、子どもたちの興味を引くような具体的な例をいくつか提示します。 * 「去年の自分と今の自分、変わったところはありますか?」 * 「となりの席の〇〇さん、入学した頃と今、何か変わったところ、変わらないところはありますか?」 * 「クラスの教室は、始業式の日と今で変わったところ、変わらないところはありますか?」 * 「使っている鉛筆や消しゴムは、使っているうちにどうなりますか?でも、それは『同じ鉛筆』と言えるのでしょうか?」
こうした身近な例を挙げた後、中心となる問いを提示します。いくつかの選択肢を用意し、子どもたち自身が最も考えたい問いを選ぶように促すのも良いでしょう。 例: * 「『変わる』って、どういうことかな?」 * 「『変わらない』って、どういうことかな?」 * 「自分の中で、変わったことと変わらないことは何だろう?」 * 「変わることは、いつも良いことかな?」 * 「変わらないことは、いつも大切なことかな?」
中心となる問いを決めたら、黒板や模造紙に書き出し、子どもたち全体で共有します。この際、「この問いには正解はありません。みんなで色々な考えを出して、聞いて、一緒に考えていきましょう」というメッセージを伝えます。
2. 個々の思考とペアワーク(15分)
問いについて、まずは一人で静かに考える時間を設けます。ノートに自分の考えや思いつく例を書き出すよう促します。「変わったこと」「変わらないこと」のリストを作ってみるのも良いでしょう。
次に、隣同士のペアで、自分の考えを共有する時間を設けます。相手の話をしっかりと聞くこと、自分の言葉で伝えることを意識させます。ペアワークの段階で、多様な意見や、自分にはなかった視点に触れることができます。
3. 全体での対話(30分〜)
ペアワークで出た意見や、さらに深まった考えを全体で共有します。対話の形式は、車座になって行う「哲学対話」の形が効果的です。
- 進行役(主に教諭)は、子どもたちの発言を促し、つなぎ、深掘りする問いを投げかけます。
- 「〜さんは、〇〇が変わったと言いましたが、それはどういう意味ですか?」「△△さんは、変わらない方が大切だと言いましたが、なぜそう思いますか?」のように、具体的な理由や背景を聞く問いかけを行います。
- 異なる意見が出た場合は、「〜さんと△△さんは違う考えですね。その違いはどこにあるのでしょう?」「両方の考えを聞いて、どう思いますか?」のように、意見の違いそのものを問いの対象とすることもあります。
- 対話の中で出てきたキーワードや、興味深い発言、意見の対立などを板書していくと、子どもたちが対話の過程を視覚的に追うことができます。
想定される子どもの反応や対話の例:
- 低学年〜中学年: 「背が伸びた」「前は逆上がりができなかったけどできるようになった」「名前は変わらない」「お父さんやお母さんはずっとお父さんやお母さん」といった、身体的変化や物理的なもの、身近な人間関係に関する具体的な例が多く出やすいです。
- 高学年: 上記に加え、「考え方が変わった」「好きなものが変わった」「友達との関係が変わった」「自分自身は変わっても、〇〇という思い出は変わらない」といった、内面的な変化やより抽象的な概念(思い出、個性など)に関する発言が増える可能性があります。「変わることは成長だから良い」「変わらないことは安心できるから大切」「両方大切」「変わることによって失うものもある」など、価値判断を伴う意見も出やすくなります。
4. 対話の振り返りとまとめ(10分)
対話を通して考えたこと、感じたことを一人ずつ簡単に発表してもらいます。対話の初めに考えたことと、対話を通して考えが変わったか、考えが深まったかなどを振り返ります。
教諭は、特定の結論を出すのではなく、多様な考え方が出たこと、それぞれの意見に耳を傾けられたこと、深く考えることができた過程そのものの価値を伝えます。「『変わる』『変わらない』について、みんな色々な考え方を持っていることが分かりましたね。どちらが良い、悪いではなく、どちらも大切な側面があるのかもしれませんね。今日考えたことを、これからも色々な場面で思い出してみてください。」といった形で締めくくります。
実践のための準備物
- 中心となる問いを提示するための黒板または模造紙
- 子どもたちが個別に考えるためのノートやプリント
- (必要であれば)付箋(意見を書き出して貼り付ける場合)
- 筆記用具
実践におけるポイントと注意点
- 安全な場づくり: どのような意見も否定されない、安心して発言できる雰囲気を作ることが最も重要です。教諭自身が多様な意見を受け入れる姿勢を示します。
- 教諭はファシリテーターに徹する: 自分の考えを押し付けたり、特定の意見を「正解」として扱ったりしないように注意します。子どもたちの声を引き出し、つなぎ、深める役割に集中します。
- 問いの調整: 子どもたちの反応を見ながら、問いが抽象的すぎないか、具体的すぎないかなどを適宜調整します。具体的な例を求める問いかけや、逆に抽象的な概念に広げる問いかけをバランス良く使います。
- 沈黙を恐れない: 子どもたちが考えている間の沈黙は、決して無駄ではありません。じっくり考える時間として見守ります。
- 全員参加を目指す: 発言が得意な子だけでなく、静かに聞いている子にも「今の〇〇さんの話を聞いて、どう思いましたか?」など、プレッシャーにならない形で問いかける工夫をします。発言が難しい子には、絵や文章で表現する選択肢を用意することも考えられます。
- 時間管理: 対話が盛り上がると時間が超過しがちです。事前に目安時間を伝え、終了時間に向けて話題を収束させていく意識を持つことが大切です。
よくある課題とその対処法
- 意見が出にくい:
- 身近で具体的な例(自分自身、友達、持ち物、学校の場所など)から問いを始める。
- 絵や写真、短い物語などを提示して、それについて考えるきっかけを作る。
- ペアやグループでの対話時間を長く取り、話しやすい雰囲気を作る。
- 教諭が「例えばこんなことかな?」と具体的な例を提示し、思考のヒントを与える(ただし、特定の意見に誘導しないよう注意)。
- 話が脱線してしまう:
- 問いを常に意識させる。「今の話も面白いけれど、今日の問いは『変わる』ってどういうこと、だったね。今の話は『変わる』こととどう関係があるかな?」のように問いかけ、元のテーマに戻るよう促す。
- 話が大きく逸れる前に、短い区切りを入れて話題を確認する。
- 特定の結論を出したがる/多数派の意見に流される:
- この問いに「正しい答えはない」ことを繰り返し伝える。
- 少数派の意見や、異なる視点を持つ子の発言を特に丁寧に拾い上げ、「こういう考え方もあるね」と多様性を強調する。
- 「結局、変わることは良いことなの、悪いの?」のような問いには、「それはみんながそれぞれ考えることだね。色々な考え方があって良いんだよ」と返します。
成功事例と失敗事例から学ぶ示唆
成功事例:
- 子どもたちから予想外の深い問い(例:「心は変わるけど、魂は変わらないのかな?」「思い出は変わらないのに、それを思い出す自分の気持ちは変わるのはどうして?」など)が生まれた。
- 普段あまり発言しない子が、静かに考えたことを自分の言葉でじっくり話すことができた。
- 異なる意見が出た時に、互いを否定するのではなく、「〇〇さんの意見を聞いて、△△さんの意見を思い出した」のように、相手の発言を受け止め、自分の考えと結びつけようとする姿勢が見られた。
- 対話後、子どもたちが「もっと話したい」「家でもお家の人と話してみます」といった感想を持つことができた。
失敗事例:
- 教諭が問いを立てることに精一杯で、子どもたちの発言を丁寧に拾い上げられなかった。
- 発言が活発な一部の子どもだけで対話が進み、他の子が聞いているだけになってしまった。
- 時間内に収めようと焦り、子どもたちの思考が深まる前に打ち切ってしまった。
示唆: これらの経験から、教諭のファシリテーション能力(傾聴、問いかけ、場づくり)が哲学対話の質を大きく左右することが分かります。また、子どもたちの発達段階やクラスの雰囲気に合わせて、問いや進行方法を柔軟に変えることの重要性も示唆されます。一度の失敗で諦めず、反省点をもとに次回に繋げることが大切です。
多忙な現場でも取り入れやすい工夫
- 短い時間で実施: 例として挙げた時間を全て行うのが難しければ、特定の問い一つに絞り、全体対話を15分程度で行うなど、短時間で行える活動にアレンジします。朝の会や帰りの会の時間の一部を使うことも考えられます。
- 既存の学習と連携: 国語の物語教材や、道徳の主題、総合的な学習の時間で取り組んでいるテーマ(例えば、環境問題、地域のことなど)と関連付けて、「〇〇は変わるかな、変わらないかな?」のように問いを立てることで、単発ではなく学習内容の深化として位置づけることができます。
- 問いの提示方法を工夫: 黒板に問いを書くだけでなく、問いが書かれたカードを配る、問いかけの動画を見せるなど、子どもたちの興味を引く工夫をします。
まとめ
「変わる」「変わらない」というテーマは、子どもたちの日常経験に根差しておりながら、自己、他者、時間、変化、不変といった哲学的な概念に繋がる深い問いを含んでいます。このテーマでの哲学対話は、子どもたちが当たり前と思っている事柄に疑問を持ち、言葉の定義を問い直し、多様な視点があることを学ぶ貴重な機会となります。
すぐに全ての要素を取り入れるのが難しくても、まずは「問いを立て、みんなで考える時間を持つ」ことから始めてみてはいかがでしょうか。子どもたちの「なぜ?」や「どうして?」を大切に受け止め、彼ら自身の言葉で考えを表現できるような対話の場を設けることは、これからの時代に必要な主体的な学びの姿勢を育むことに繋がるはずです。この記事が、小学校の先生方が「変わる」「変わらない」をテーマにした哲学教育を実践される上での一助となれば幸いです。