「過去・今・未来」ってどう違う?:子どもたちと「時間」を哲学する対話の授業実践例
はじめに:子どもにとって「時間」を考えること
子どもたちにとって、「時間」は非常に身近でありながら、捉えどころのない抽象的な概念です。「きのう」「きょう」「あした」といった具体的な出来事を指す言葉としては使いますが、「時間そのもの」が何であるか、あるいは「過去」「今」「未来」がどのように繋がっているのかを深く考える機会は少ないかもしれません。
小学校の教育活動では、時刻を守る、計画的に学習を進める、といった形で「時間」に関わることが多くあります。しかし、哲学的な視点から「時間」を問い直すことは、子どもたちの「見えないもの」や「当たり前」を問い直す力、そして共に探究する対話力を育む上で有効です。
本記事では、小学校で子どもたちと「過去・今・未来」という切り口から「時間」について考える哲学対話の授業実践例を紹介します。
なぜ、「時間」について哲学対話を行うのか
子どもたちが「時間」について哲学対話を行うことには、いくつかの意義があると考えられます。
- 抽象的な概念を探求する力: 目に見えない「時間」という概念について考えることは、具体的なものだけでなく、抽象的な事柄についても思考を巡らせるきっかけになります。
- 「当たり前」を問い直す視点: 「時間は流れるもの」「時間は止まらないもの」といった、普段意識しない「当たり前」について、「本当にそうだろうか?」と問い直す経験は、物事を多角的に捉える視点を養います。
- 自分と時間の関係性を考える: 「待つ」ことの感覚や、自分の時間の使い方、将来の夢など、自分自身の経験と時間を結びつけて考えることで、自己理解を深めることにも繋がります。
- 多様な考えに触れる: 「時間」の捉え方は一つではありません。哲学対話を通して、友達の様々な考え方や感じ方に触れることで、多様性を認め合う態度を育みます。
哲学対話の進め方:「過去・今・未来」をめぐる探究
ここでは、「過去・今・未来」をテーマにした哲学対話の具体的な進め方の一例をご紹介します。対象は小学校中学年から高学年を想定していますが、問いかけや導入を工夫すれば低学年でも実施可能です。
ステップ1:導入・問いの設定(10分)
授業の冒頭で、子どもたちが「時間」に意識を向ける導入を行います。
- 導入活動例:
- 様々な時代の写真(例:古い町の写真、少し前の自分たちの学校行事の写真、宇宙や未来の想像図など)を提示し、「これはいつのことかな?」「今はどうかな?」「これからどうなるんだろう?」などと問いかけます。
- 砂時計や日時計など、時間を測る道具について紹介し、どうやって時間を見ているのかを考えさせます。
- 「きのうあった出来事」「今、感じていること」「あしたしたいこと」などを子どもたちに発表してもらうのも良いでしょう。
- 問いの提示: 子どもたちの発言や導入活動での気づきから、中心となる問いを提示します。
- 例:「『過去』『今』『未来』って、どう違うんだろう?」
- 例:「『今』はどこにあるんだろう?」
- 例:「時間はどこから来て、どこへ行くんだろう?」
- ここでは、子どもたち自身から出てきた「時間」に関する疑問や不思議だなと感じたことを問いとして取り上げるのが最も効果的です。事前に子どもたちに「時間で不思議なこと」を付箋に書いてもらう、といった準備も有効です。
ステップ2:対話の進行(30分〜40分)
中心となる問いを中心に、子どもたちの考えを引き出し、深めていきます。対話の進行役(多くは先生)は、特定の答えに導くのではなく、子どもたちが自由に発言し、互いの意見を聴き、考えを深められるように促します。
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対話のポイント:
- 開かれた問いかけ: 「〇〇って△△ということかな?」「なぜそう思うのかな?」「他にはどう思う人?」など、考えを促す問いかけを挟みます。
- 傾聴と応答: 一人ひとりの発言に丁寧に耳を傾け、「〜さんは〇〇と言いましたね」と繰り返したり、「〜さんの考えと△△さんの考えは似ている/違うね、どこが違うんだろう?」と他の子どもの意見と繋げたりします。
- 多様な意見の尊重: どんな意見も否定せず、「色々な考えがあるんだね」という雰囲気を大切にします。「分からない」という意見も重要な発言として受け止めます。
- 思考の深化: 具体的な経験と結びつけて考えさせたり、仮説を立てさせたりすることで、思考を深めます。「もし時間が止まったらどうなるかな?」「時間を戻せたらいいなと思う時がある?それはどんな時?」など。
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想定される対話の展開と問いかけ例:
- 「過去って、もう終わったこと?」(過去はどこにある?思い出と過去は同じ?)
- 「今って、どのくらい短いんだろう?この瞬間?」(今を感じるってどういうこと?)
- 「未来は、まだ来てないこと?」(未来は決まっている?変えられる?)
- 「『今』はどんどん『過去』になっていくの?」(過去と今と未来は繋がっている?)
- 「どうして時間は流れるんだろう?」(時間は止まらないの?)
- 「時間は見えないけど、本当にあるの?」(時計がないと時間は分からない?)
- 「楽しい時間は短く感じるのに、つまらない時間は長く感じるのはどうして?」(時間の感じ方って人によって違うのかな?)
- 「待つ時間ってどんな時間?」(時間は待ってくれる?)
ステップ3:振り返り(10分)
対話を通して気づいたこと、考えたこと、難しかったことなどを振り返ります。
- 振り返り活動例:
- 「今日の対話で一番心に残ったことは何ですか?」
- 「『時間』について、対話の前と後で考えが変わったことはありますか?」
- 「友達の意見で『なるほど』と思ったのはどんな考えですか?」
- 簡単な絵や言葉で、今日の対話で考えた「時間」を表してみる。
実践のための準備とポイント
- 問いの準備: 子どもたちの発達段階や興味に合わせた、シンプルかつ哲学的な深みを持つ問いを複数用意しておくと良いでしょう。対話の中で子どもたちの発言から新しい問いが生まれることもあります。
- 環境設定: 子どもたちが互いの顔を見ながら話せるよう、円形の座席配置などが望ましいです。
- ルール確認: 「人の話を最後まで聞く」「違う意見も大切にする」「発言したい時は手を挙げる」など、対話の基本的なルールを確認します。
- 記録: 対話の流れや子どもたちの発言を記録する書記役を置いたり、先生がメモを取ったりすることで、その後の振り返りや次の機会に活かすことができます。
- 時間管理: 対話が盛り上がると時間があっという間に過ぎます。終了時間を意識し、時間に合わせて切り上げる、あるいは「今日はここまでにして、続きはまた今度話そう」とするなど、柔軟に対応します。
成功・失敗から学ぶ
- 成功事例:
- 「時間」という抽象的なテーマにも関わらず、子どもたちが身近な経験(運動会の練習が待ち遠しい、楽しかった遠足の時間はあっという間だった等)と結びつけて具体的に語り始め、対話が弾むケース。
- 一見的外れに見える発言の中に、ユニークな時間の捉え方(例:「時間は時計の中にいる」「時間は色みたいなもの」)が見出され、そこから別の問いが生まれるケース。
- 普段あまり発言しない子が、「待つのは嫌いだけど、待った後のご褒美があると時間は早く感じる」といった具体的な感覚を言葉にできたケース。
- 失敗事例:
- 先生が答えを知っているかのように振る舞ったり、特定の意見を褒めすぎたりしてしまい、子どもたちが「正解」を探そうとして自由な発言が減ってしまう。
- 導入が不十分で、「時間」について何を話せばいいのか子どもたちがピンと来ず、対話が深まらない。
- 一部の子どもの発言に終始してしまい、他の子が発言しにくい雰囲気になってしまう。
失敗から学ぶことは多くあります。問いが子どもたちの関心に合っていたか、先生は聴き役に徹することができたか、話しやすい雰囲気だったか、などを振り返り、次に活かすことが重要です。
多忙な現場でも取り入れる工夫
授業時間を十分に確保するのが難しい場合でも、工夫次第で哲学対話の要素を取り入れることができます。
- 朝の会や帰りの会で、短い時間(5〜10分)で一つの問いについてペアやグループで話す。
- 給食の時間に、「今日の給食の時間は長い?短い?」「どうしてそう思う?」など、身近な事柄と時間を結びつける問いかけをする。
- 廊下や教室に「時間のふしぎボックス」などを置き、子どもたちが「時間で不思議に思うこと」を自由に書き込めるようにする。集まった疑問を次の対話のきっかけとする。
- 図工の時間に「見えない時間」をテーマに絵を描いてみるなど、他の教科活動と関連付ける。
おわりに
「時間」というテーマは、子どもたちの日常の中に常に存在しながらも、その概念を捉え直すことは新鮮な驚きや気づきをもたらします。「過去・今・未来」をめぐる哲学対話は、子どもたちが自分自身の存在や世界との関わりについて深く考える豊かな機会となります。
すぐに正解が出ない問いについて、友達と共に考え、語り合う経験は、子どもたちの思考力や対話力を育む基盤となるでしょう。ぜひ、子どもたちの「時間」に対する素朴な疑問や不思議に耳を傾け、探究の対話を始めてみてください。