「かっこいい」ってどういうこと?:多様な価値観に気づく哲学対話
はじめに:「かっこいい」という問いかけから広がる対話の世界
子どもたちの日常会話に頻繁に登場する「かっこいい」という言葉。この言葉は、単に見た目の良さを指すだけでなく、行動、考え方、生き方など、様々な価値判断を含んでいます。だからこそ、「かっこいい」という身近なテーマは、子どもたちが自分自身の価値観や他者の価値観について考え、対話する絶好の機会となります。
本記事では、「かっこいい」という問いを入り口に、子どもたちが多様な価値観に気づき、自分の考えを深める哲学対話の実践方法をご紹介します。小学校教諭の皆様が、日々の授業に取り入れやすい具体的なステップやヒントを提供します。
なぜ「かっこいい」について哲学対話するのか
子どもたちは、メディア、友達、家族など、様々な情報源から「かっこいい」と感じるものや考え方を吸収しています。しかし、その「かっこよさ」がなぜそう感じられるのか、自分にとっての「かっこよさ」とは何なのかを深く考える機会は少ないかもしれません。
「かっこいい」について対話することは、以下のような力を育むことにつながります。
- 自己理解と価値観の探求: 自分が何を「かっこいい」と感じるのか、その理由は何なのかを考えることで、自分自身の内面や価値観に気づきます。
- 他者理解と多様性の認識: 友達が自分とは違うものを「かっこいい」と感じていることを知り、多様な価値観が存在することを理解します。なぜそう感じるのかを尋ねることで、他者の考え方や背景に触れることができます。
- 批判的思考力: メディアなどが提示する「かっこよさ」を鵜呑みにせず、自分なりにそれが本当に「かっこいい」のか、それは自分にとってどういう意味を持つのかを問い直す視点を養います。
- 対話力の向上: 自分の考えを言葉にして伝え、友達の意見を聞き、それに対してさらに考えるという対話のプロセスを経験します。
実践!「かっこいい」についての哲学対話
ここでは、小学校での授業を想定した哲学対話の具体的な進め方と活動例をご紹介します。対象は中学年~高学年が適していますが、問いや導入を工夫すれば低学年でも実施可能です。
1. 導入:問いを立てる(10分)
- 授業の始まりに、子どもたちに問いかけます。「みんなが『かっこいいな』と思うもの、人、ことって、どんなものがありますか?」
- すぐに答えを求めず、「少し時間を取って、心の中で考えてみましょう」と促します。
- 考えるヒントとして、「テレビで見たもの」「友達」「歴史上の人物」「漫画のキャラクター」「誰かの行動」「〇〇している姿」など、具体的な例をいくつか挙げても良いでしょう。ただし、答えを限定しすぎないように注意が必要です。
- 個人思考の時間を持ちます。紙や付箋に書き出しても良いでしょう。
2. 共有:自分の中の「かっこいい」を出す(15分)
- 一人ずつ、自分が考えた「かっこいい」と思うものやことを発表してもらいます。(発表形式は、指名、挙手、書いたものを貼るなど、クラスの状況に合わせて調整してください。)
- 発表を聞く際は、「なぜそう思うのかな?」と、発表の理由に耳を澄ませるように促します。
- 発表が出揃ったら、ホワイトボードなどにリストアップしていきます。多様な意見が出ていることを可視化します。
3. 対話:なぜ?どういうこと?を深める(20分~30分)
- リストアップされた「かっこいい」の中から、いくつかの例を取り上げて、深掘りの問いを立てます。
- 例1:特定の人やキャラクターについて
- 「〇〇さん(キャラクター)のどんなところが『かっこいい』って思う?」
- 「その『かっこよさ』は、他の人から見ても同じ『かっこよさ』かな?」
- 「もしその〇〇さんが△△な行動をしたら、それでも『かっこいい』と思う?」
- 例2:特定の行動や考え方について
- 「『諦めずに頑張る姿』をかっこいいって思う人がいたね。なぜそう思うんだろう?」
- 「もし頑張ったけど失敗しちゃったら、それでも『かっこいい』かな?」
- 「『優しい』ことと『かっこいい』ことは、同じ?違う?」
- 例3:抽象的な概念について
- 「『かっこいい』って、目に見えるもの?それとも目に見えないもの?」
- 「『かっこいい』は、強いこと?優しいこと?賢いこと?」
- 「昔は『かっこいい』と思ってたけど、今はそう思わないものってあるかな?それはどうしてだろう?」
- 「もし世界中の人がみんな同じものを『かっこいい』と思うようになったら、どんな世界になると思う?」
- 対話中は、子どもたちの発言に対して、「なぜそう思うの?」「それはどういうことかな?」「それについて、他の人はどう考えますか?」といったオープンクエスチョンを投げかけ、考えを引き出します。
- 意見が対立したり、すぐに言葉が出なかったりしても、焦らず待つ、問いかけ方を変えるなどの工夫をします。
4. まとめ:対話を通して気づいたこと(5分~10分)
- 今日の対話で、自分がどんなことに気づいたか、どんなことを考えたかを振り返ります。
- 「『かっこいい』には色々な種類があることが分かりました」「前は見た目だけだと思ってたけど、頑張る姿もかっこいいんだなと思いました」「友達と自分では『かっこいい』と思うものが違うことが分かりました」など、対話を通して得た学びを言葉にしてもらいます。
- 教師は、出された意見を否定せず、多様な考えがあること、自分の考えを深めること、友達の考えを聞くことの大切さを改めて伝えます。
実践のためのポイントと注意点
- 安全な場づくり: どんな意見も否定されない、安心して自分の考えを話せる雰囲気作りが最も重要です。教師自身が、多様な「かっこよさ」を認める姿勢を示します。
- 問いの選び方・投げかけ方: 子どもたちの関心を引き、考えが深まるような具体的な問いを準備しておきます。子どもたちの発言から、即興で問いを立てる柔軟性も大切です。
- 意見が出にくい時: 具体的な写真や映像を見せる、有名人やキャラクターの例を出す、身近な出来事と結びつけるなど、考えやすくなるような足場かけを行います。
- 意見が対立した時: どちらが正しいかを決めつけるのではなく、「〇〇さんはこう考えたんだね、△△さんはこう考えたんだね。どうして考えが違うのかな?」と、違いとその理由に焦点を当てて対話を深めます。
- 脱線を戻す: テーマから大きく外れた場合は、「今考えている『かっこいい』のことと、それはどうつながるかな?」などと問いかけ、優しく対話の軌道に戻します。
- 無理強いしない: 哲学対話は、すぐに答えを出すことが目的ではありません。子どもたちが「考えよう」と思えるように促し、発言できない子がいることも受け入れます。
想定される子どもの反応と対話例
- Aさん: 「〇〇っていうアニメの主人公!強いから!」
- 先生: 「強いからかっこいいんだね。他の人は、かっこいい人は強いと思う?」
- (Bさん)「うーん、必ずしもそうじゃないと思う。私のひいおばあちゃんは弱くなっちゃったけど、優しくてかっこいいと思う。」
- 先生: 「なるほど、ひいおばあちゃんの優しさがかっこいいんだね。強いことと優しいこと、どう違うかな?両方ともかっこいいって言えるのかな?」
- Cさん: 「流行ってる服を着てる人!」
- 先生: 「流行ってるからかっこいいんだね。どうして流行ってるものはかっこよく見えるんだろう?」
- (Dさん)「みんなが着てるからじゃない?」
- 先生: 「みんなが着ているものは、どうしてかっこいいんだろうね?じゃあ、もし誰も着てない服はかっこよくないのかな?」
- Eさん: 「失敗しても諦めないでまた挑戦する人!」
- 先生: 「失敗しても立ち上がる姿がかっこいいんだね。それは、成功した時の『かっこいい』とどう違うかな?」
- (Fさん)「失敗しないのがかっこいいんじゃないの?」
- 先生: 「失敗しないのもかっこいいと思うんだね。失敗しても立ち上がるかっこよさと、失敗しないかっこよさ、どちらがより大変だと思う?それはどうして?」
成功事例とそこから学ぶ示唆
あるクラスでは、「かっこいい」というテーマで対話した際に、 initially は戦隊ヒーローやゲームキャラクターの名前が多く挙がりました。しかし、「どういうところがかっこいいの?」と理由を深掘りしていくと、「弱点を克服するために努力するところ」「友達を大切にするところ」「自分の間違いを認められるところ」といった、内面や行動に関する意見が出始めました。
特に印象的だったのは、「自分は絵を描くのが得意じゃないけど、諦めずに毎日練習してるんだ。そういう自分も、ちょっとはかっこいいかなって思えた。」という発言が出たことです。
この事例から学べるのは、導入の段階では具体的なものから入っても、教師の適切な問いかけによって、抽象的な概念や内面へと議論を深めることができるということです。また、哲学対話が、子どもたちが自分自身のポジティブな側面に気づき、自己肯定感を高めるきっかけにもなり得るということです。
失敗事例とそこから学ぶ示唆
別のクラスでは、「かっこいい芸能人」の話で盛り上がりすぎてしまい、外見や人気といった表面的な話から深まらなかったことがありました。
この原因としては、問いかけが具体例に寄りすぎてしまい、抽象的な「かっこよさ」の定義や理由に焦点を当てる問いかけが少なかったこと、また、教師が特定の意見に引きずられすぎた可能性が考えられます。
失敗から学ぶことは、導入で具体的な例を挙げてもらうのは良いが、対話の中心はあくまで「なぜそう思うのか」「それはどういうことなのか」といった理由や定義を深める問いに置くべきだということです。また、対話の方向性を調整するために、教師がテーマに立ち返る問いを意識的に挟むことの重要性を示唆しています。
多忙な現場でも取り入れやすい工夫
「哲学対話の時間を十分に取るのは難しい」と感じる先生もいらっしゃるかもしれません。しかし、「かっこいい」をテーマにした対話は、工夫次第で短い時間でも、あるいは他の学習と組み合わせながら実施できます。
- 朝の会・帰りの会: 1つの問い(例:「今日、あなたがかっこいいなと思った人はいますか?」「それはどんなところ?」)について、短く共有する時間を設けます。毎日続けることで、考える習慣が身につきます。
- 道徳の授業: 「努力」「勇気」「誠実さ」などの項目と関連付け、「〇〇さんのこの行動は、なぜかっこいいと言えるのだろう?」「本当の勇気とは、かっこいいことなのかな?」といった問いを挟みます。
- 国語の授業: 物語の登場人物の行動について、「この人物のどんなところがかっこいいと思ったか?」「その『かっこよさ』について、友達はどう思うか?」などを話し合います。
- ふとした休み時間: 子どもたちの「かっこいい」という言葉を拾い上げ、「それってどんなかっこよさ?」と問いかけ、短い対話のきっかけを作ります。
おわりに
「かっこいい」という言葉は、子どもたちの身近にあり、彼らの価値観が色濃く表れるものです。この言葉を哲学対話のレンズを通して見つめ直すことで、子どもたちは自分の中に眠る多様な価値観に気づき、他者の考えを尊重し、そして自分自身の頭で深く考える力を育んでいきます。
完璧な答えを出すことではなく、問いを通じて共に考えるプロセスそのものを楽しむことが、哲学対話の醍醐味です。ぜひ、日常の中に潜む哲学的な問いを見つけ、子どもたちとの対話を楽しんでみてください。