「ほんとうのこと」ってどう見分ける?:情報を見つめる目を育む哲学対話
なぜ今、「情報を見つめる目」が必要なのか
子どもたちがインターネットや様々なメディアに触れる機会は増えています。テレビ、新聞、スマートフォン、SNSなど、情報源は多様化し、膨大な情報が日々流れ込んできます。しかし、その中には、事実に基づかない情報や、意図的に作られた情報も含まれています。何が「ほんとうのこと」で、何がそうでないのかを見分ける力、つまり「情報リテラシー」は、現代社会を生きる上で不可欠な力と言えるでしょう。
この「情報を見つめる目」を育む上で、哲学的な探究は大きな力を発揮します。「ほんとう」とは何か。「正しい」とはどういうことか。なぜ人は情報を信じたり、信じなかったりするのか。こうした根源的な問いを子どもたちと共に考えることは、単に情報を鵜呑みにせず、批判的に思考するための基礎を培うことにつながります。
哲学対話で「ほんとう」を探究する
小学校の授業で「ほんとうのこと」について哲学対話を行うことは、子どもたちが主体的に考え、友達と対話し、自分の考えを深める貴重な機会となります。ここでは、具体的な授業実践の例をご紹介します。
授業のねらい
- 「ほんとう」とは何かについて、多様な考えがあることを知る。
- 事実と意見の違いを理解する。
- 情報源について考え、確かさを見極める視点を持つ。
- 友達の意見を聞き、自分の考えを言葉にする力を育む。
対象と想定される学年
小学校中学年~高学年を主な対象としますが、事例や問いかけ方を工夫すれば低学年でも実施可能です。中学年以上であれば、抽象的な概念(事実、意見、情報源など)についても、対話を通して理解を深めやすいでしょう。
具体的な活動例と授業の進め方(高学年向け)
ステップ1:問いかけと導入(10分)
- 授業の最初に、子どもたちにとって身近で、真偽が問題になりやすい事例を提示します。
- 例1:「隣のクラスの〇〇さんが、休み時間に△△したらしいよ、ってうわさで聞いた話」
- 例2:「テレビCMで『これを買うと、誰でも絶対に幸せになれます!』と言っているのを見た話」
- 例3:新聞やニュースサイトの見出しで、少し大げさだと感じるもの。
- 事例について、「これは『ほんとうのこと』だと思いますか?」と問いかけます。
- 子どもたちから自由な意見や反応を引き出します。「なぜそう思うのか」理由も一緒に尋ねると良いでしょう。
- 今日のテーマが「ほんとうのことを見分けるにはどうしたらいいか、みんなで考えてみよう」であることを伝えます。
ステップ2:哲学対話(30分)
- 子どもたちが円になって座り、安心して話せる雰囲気を作ります。
- 改めて中心となる問いを提示します。「『ほんとう』って、どういうことだと思いますか?」
- 哲学対話のルール(相手の話をよく聞く、一人ずつ話す、パスをしてもよい、意見が違っても大丈夫など)を確認します。
- 子どもたちの発言を受け止めながら、必要に応じて以下のような問いを投げかけ、思考を深めます。
- 「〇〇さんは『目で見たこと』がほんとうだって言ってたけど、他の人はどう思う?」
- 「△△さんは『ニュースで言ってたこと』がほんとうって言ってたね。ニュースはいつもほんとうなのかな?」
- 「うわさ話は、なぜ『ほんとう』じゃないかもしれないって思うのかな?」
- 「『これは私の考えです』と言う時と、『これは事実です』と言う時では、何が違うんだろう?」
- 「誰かが言っていることが『ほんとう』かどうか知りたいとき、どうしたらいいかな?」
- (低学年向け)「サンタさんはいると思う?いないと思う?それはどうしてかな?」
想定される子どもの反応と対話例:
- 子1:「見たことはほんとうだと思う。だって自分の目で見えたんだから。」
- 教師:「なるほど、見たことはほんとう。他の人はどう?」
- 子2:「でも、見たもの全部がほんとうかな?例えば、手品とか。」
- 教師:「手品!確かに。手品を見ている時は、ほんとうじゃないものが見えているみたいだね。」
- 子3:「うわさ話は、聞いた人がまた別の人に話すうちに、ちょっとずつ変わっちゃうことがあるから、ほんとうじゃないかも。」
- 教師:「変わっちゃうことがある。それはどうしてだと思う?」
- 子4:「自分の考えが入っちゃうからじゃない?」
- 教師:「『自分の考え』と『ほんとうのこと(事実)』は違うのかな?」
ステップ3:振り返り(10分)
- 今日の対話で自分が考えたこと、友達の意見を聞いて新しく気づいたことなどを発表してもらいます。
- 「『ほんとう』を考えるって難しいね」「どうやって調べたらわかるか、考えることが大事だと思った」など、子どもたちの言葉を引き出します。
- 教師から、「事実と意見」「情報源を確かめること」の大切さについて、今日の対話で出た意見を踏まえて簡潔にまとめ、今後の学習や生活に活かせるよう促します。
実践のための準備物
- 円になって座れるスペース
- 必要に応じて、導入で使う事例(新聞記事のコピー、CMの絵コンテ風イラストなど)
- 哲学対話のルールを提示するカードやポスター(初めて行う場合)
実践におけるポイントと注意点
- 答えを決めつけない: この授業の目的は「ほんとう」の唯一絶対の答えを見つけることではなく、多様な考えに触れ、探究するプロセスそのものを体験することです。「これが正解です」と結論づける必要はありません。
- 安全な場づくり: どんな意見も否定されない、安心して発言できる雰囲気作りが最も重要です。教師は批判的な態度をとらず、全ての発言を一度受け止めます。
- 教師は進行役: 教師は自分の意見を押し付けず、子どもたちの発言を促したり、異なる意見をつなげたり、より深く考えるための問いを投げかけたりする役割に徹します。
- 「なぜそう思う?」と問い続ける: 子どもたちの発言の根拠を尋ねることで、思考の過程を意識させることができます。
- 無理強いしない: 話したくない子に無理に発言を促す必要はありません。友達の話を聞くだけでも学びはあります。
失敗事例とそこから学べる示唆
- 意見が特定の方向に偏ってしまった: 一部の活発な子の意見に引きずられたり、多数派の意見に流されたりすることがあります。教師が意図的に少数派の意見に光を当てたり、「違う考え方はないかな?」と問い直したりする工夫が必要です。
- 対話が途中で止まってしまった: 子どもたちから意見が出なくなってしまうこともあります。導入の事例が身近でなかったか、問いかけが難しすぎたかなどが原因として考えられます。事例を変えたり、より具体的な問いに細分化したり、少しヒントとなる情報(例:「前にこんなことがあったんだけど…」)を提供したりすることで、再び流れを作ることを試みます。
- 単なる感想の言い合いになってしまった: 自分の感じたことの発表で終わってしまい、互いの意見を聞いて深める段階に進まないことがあります。「なぜそう思ったの?」「〇〇さんの話を聞いて、△△さんはどう考えた?」など、相手の意見との関連性を意識させる問いかけが有効です。
多忙な現場でも取り入れやすい工夫
- 短時間で実施: 授業時間全体を取るのが難しければ、朝の会や帰りの会で10分程度、「今日の気になるニュース(子どもにとって身近な話題)について、ほんとうかな?って考えてみよう」などとテーマを絞って対話するだけでも効果があります。
- 既存教科との関連: 国語科の「読むこと」で情報の吟味について学ぶ際や、社会科で様々な情報源について学ぶ際などに、導入や発展的な活動として哲学対話を取り入れることができます。
この実践を通して育まれる力
この哲学対話を通して、子どもたちは「すぐに信じ込まず、一度立ち止まって考える力」「多様な意見を尊重する姿勢」「自分の考えを論理的に説明する力」「相手の話を丁寧に聞く傾聴力」といった、これからの時代に求められる重要な力を育むことができるでしょう。情報を鵜呑みにしない主体的な態度は、子どもたちが自律的に生きていく上で、必ず役に立つはずです。