『じゆう』って、どんなこと?:ルールや自分との関係を考える哲学対話
はじめに
「自由」という言葉は、子どもたちにとっても身近な言葉です。「自由に遊びたい」「宿題がない日は自由だ」といったように、様々な場面で使われます。しかし、「自由」とは一体どのような状態を指すのでしょうか。好きなことだけをしていれば「自由」なのでしょうか。ルールやきまりがあると、「自由」ではないのでしょうか。そして、「自由」と「わがまま」はどう違うのでしょうか。
こうした「自由」に関する問いは、子どもたちが自分自身の行動や、他者との関係、さらには社会のきまりについて考える上で、非常に重要な哲学的な問いにつながります。小学校の授業で「自由」をテーマに哲学対話を行うことは、子どもたちの主体的な思考力、他者との対話を通じて考えを深める力、そして多様な価値観を理解する力を育む貴重な機会となります。
この事例では、小学校において「自由」をテーマにした哲学対話をどのように進めるか、具体的な活動例や実践のポイントをご紹介します。
なぜ「自由」をテーマにするのか
小学校の子どもたちは、学校や家庭の中で様々なルールや制約の中で生活しています。その中で、「もっとこうしたいのに」「なんでこれをしてはいけないんだろう」と感じる場面が多くあります。こうした経験は、「自由」とは何か、ルールはなぜ必要なのか、といった問いを子どもたちの心に自然と生み出します。
特に中学年や高学年になると、友達との関係性や社会のきまりに対する意識が高まります。自分の「自由」な行動が他者に影響を与えることに気づき始め、「自由」には責任が伴うのではないか、といったより深い問いを抱く可能性も出てきます。
「自由」をテーマにした哲学対話は、こうした子どもたちの素朴な疑問や葛藤を受け止め、答えの定まらない問いについて粘り強く考え、対話する経験を提供します。これにより、子どもたちは一方的な知識の伝達ではなく、自分自身の内面と向き合い、他者との相互作用の中で「自由」という概念を多角的に理解するプロセスを経験できるのです。
実践の準備と進め方
ここでは、中学年~高学年を対象とした「自由」に関する哲学対話の具体的な進め方をご紹介します。授業時間は45分~60分程度を想定しています。
準備物
- 問いかけカード(問いを大きく書いたもの)
- 付箋(子どもたちの人数+予備)
- ペン
- 模造紙またはホワイトボード
授業のステップ
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導入(5-10分):
- 今日のテーマが「自由」であることを伝えます。
- 「みなさんは、『じゆうだなあ』と感じるのはどんな時ですか?」という最初の問いかけを提示します。
- すぐに答えを言わせるのではなく、「ちょっと心の中で考えてみましょう」と考える時間を与えます。
- 日常の具体的な場面(休み時間、家で過ごす時、友達といる時など)を例示しながら、自由に想像を広げられるように促します。
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個人思考・言葉にしてみる(10-15分):
- 子どもたちに付箋とペンを配ります。
- 先ほどの問いに対する自分の考えを、付箋に一つずつ、短い言葉や文で書き出してもらいます。「かけっこしている時」「おかしを好きなだけ食べられる時」「だれもいないへやにいる時」「なんにもしない時」など、思いつくままに書けるように促します。
- 書き終わった付箋は、一旦自分の手元に置いておきます。
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共有・分類(10-15分):
- 模造紙やホワイトボードの中央に「じゆう」と書き、子どもたちが書いた付箋を貼っていきます。
- 付箋を貼る際に、書いた内容を簡単に発表してもらっても良いでしょう。「私は『ゲームをしている時』にじゆうだと感じます」のように。
- 出てきた意見をみんなで見ながら、似たような意見や、関係がありそうな意見を近くに貼り付けたり、グループ分けを試みたりします。(例:「~ができる時」「~しなくていい時」「一人でいる時」「好きなことをする時」など)この分類自体も、子どもたちの気づきにつながります。
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全体対話(15-20分):
- 貼り出された様々な「自由」に関する意見を見ながら、対話を深める問いを投げかけます。
- 問いの例:
- 「みんなが書いた『じゆう』の中に、『これはじゆうじゃないんじゃない?』と思うものはありますか?それはなぜでしょう?」
- 「『じゆう』と『わがまま』はどう違うと思いますか?」
- 「学校にはルールがたくさんありますね。ルールがあると『じゆう』じゃないのでしょうか?なぜルールが必要なのでしょうか?」
- 「自分がじゆうでいるために、気をつけなければいけないことはありますか?」
- 「『ほんとうのじゆう』って、どこにあるのでしょう?」
- 先生はファシリテーターとして、子どもたちの発言をていねいに受け止め、つなぎ、必要に応じて問い返しを行います。特定の意見に賛成・反対するのではなく、「〇〇さんはそう思うのですね。△△さんはどう思いますか?」のように、多様な考えを引き出し、子どもたち自身が考えを深められるようにサポートします。
- 話が詰まったら、少し時間を取ったり、別の角度からの問いを投げかけたりします。
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振り返り(5分):
- 今日の対話を通して、自分が「自由」について新たに気づいたことや、考えが変わったことなどを一人ずつ簡単に発表したり、ワークシートに書いたりして振り返ります。
- 「〇〇さんの話を聞いて、▲▲だと気づきました」「前は『じゆう』は好きなこと全部だと思っていたけど、ルールも大事だと考えるようになりました」といったように、具体的な気づきを言葉にできるように促します。
実践におけるポイントと注意点
- 安全な対話空間を作る: どんな意見も否定されない、安心して発言できる雰囲気作りが最も重要です。先生自身が、答えの分からない問いについて一緒に考える姿勢を示すことが大切です。
- 結論を求めない: 哲学対話は、一つの正解にたどり着くことが目的ではありません。「自由」とは何か、という問いに対して多様な考えがあること、そしてその考えを深めるプロセス自体に価値があることを理解してもらいましょう。
- 先生はファシリテーターに徹する: 先生が自分の考えを一方的に伝えたり、特定の意見に誘導したりしないように注意します。子どもたちの言葉に耳を傾け、つなぎ、問いを投げかける役割に集中します。
- 多様な意見を歓迎する: 普段あまり発言しない子どもの意見も大切に拾い上げます。声に出すのが苦手な子には、付箋に書く、絵で表現するなど、多様な表現方法を認めます。
- 時間配分に注意: 対話が盛り上がると時間が足りなくなることがあります。事前に大まかな時間配分を決めておき、必要に応じて途中で区切りをつけたり、次回のテーマにつなげたりする柔軟さも必要です。
- 子どもたちの言葉をそのまま受け止める: 子どもたちが使う言葉を、大人の解釈で決めつけず、まずはそのまま受け止めます。「〇〇さんが言う『じゆう』は、具体的にどういうことかな?」のように、問い返して子ども自身の言葉で説明してもらう機会を作ると、より深い対話につながります。
想定される子どもの反応と対話の例
- 子どもの発言例: 「休み時間に外で遊べる時がじゆう!」
- 先生の応答例: 「外で遊んでいる時、そう感じるのですね。どんなところが『じゆう』だと感じるのでしょう?」(具体化を促す)
- 子どもの発言例: 「なんでも好きなものを買っていい時がじゆう」
- 先生の応答例: 「なるほど。好きなものを好きなだけ買えたら、たしかに『じゆう』と感じるかもしれませんね。もし、クラスのみんなが、ほしいものを全部好きなだけ取っていったら、どうなるかな?それは『じゆう』と言えるかな?」(他者との関係やルールの視点を加える)
- 子どもの発言例: 「ルールがあるからじゆうじゃない」
- 先生の応答例: 「ルールがあると『じゆうじゃない』と感じるのですね。どんなルールがあると、特にそう感じますか?」「もし、学校に全然ルールがなかったら、みんなにとってどうなるでしょう?それは『じゆう』でしょうか?」(ルールの意味を問い直す)
- 子どもの発言例: 「わがままは、自分がいいってだけだけど、じゆうは、他の人にもめいわくにならないことだと思う」
- 先生の応答例: 「おお、△△さんは『わがまま』と『じゆう』の違いをそう考えているのですね。『他の人にもめいわくにならないこと』が大事だと。どうしてそう思うのですか?」(考えの理由や根拠を深掘りする)
成功事例と失敗事例から学ぶ
成功事例
あるクラスで、「『じゆう』と『わがまま』の違い」に焦点を当てて対話を行った際、初めは「わがままは悪いこと」「じゆうは良いこと」という単純な二元論で捉える子どもが多くいました。しかし、「自分にとっての『じゆう』な行動が、誰かを傷つけたり困らせたりすることはあるか?」「ルールがないと、かえって『じゆう』がなくなることもあるのでは?」といった問いを投げかけ、具体的な場面(公園の遊具を独占する、宿題をやらない、発言したいときにいつでも割り込むなど)を想定して話し合った結果、「『じゆう』には、他の人や周りのことを考える『せきにん』がセットになっているのかもしれない」「『じゆう』と『わがまま』は、他の人のことを考えているかどうかが違いなのではないか」など、子どもたち自身の中からより洗練された考えが出てきました。先生がすぐに答えを言わず、子どもたちの言葉を丁寧に拾い上げ、問いを深めたことで、対話が活性化し、概念への理解が深まった好例と言えます。
失敗事例
別のクラスで「自由」について対話した際、特定の力が強い子どもが自分の意見を一方的に主張し続け、他の子どもが発言しづらい状況になってしまいました。先生がその子の発言を止められず、他の子どもたちにうまく問いを振ることができなかったため、対話が一部の子どもだけで進んでしまい、全体の学びにつながりませんでした。この事例から学べるのは、対話の「安全性」と「公平性」を確保するための先生のファシリテーション技術の重要性です。特定の子の発言を認めつつも、「他にも違う考えの人はいるかな?」「〇〇さんの意見を聞いて、どう思った?」のように、他の子どもに意識的に発言を促したり、時にはルールとして「人が話している時は聞く」「一人が長く話しすぎない」といった対話のルールを事前に共有したりすることも必要です。
多忙な現場でも取り入れやすい工夫
- ミニ哲学対話: 45分~60分のまとまった時間を取るのが難しい場合は、朝の会や帰りの会で、一つの問いに絞って10分~15分程度の短い対話を取り入れてみましょう。「今日の休み時間で、『じゆうだな』と感じたことについて、隣の人と話してみよう」といった簡単なペアワークから始めても良いでしょう。
- 日常の出来事と結びつける: 授業中のルール、係活動、友達との関わりなど、日常で起こった出来事と「自由」というテーマを結びつけて問いかけをすることで、より身近な問題として考えやすくなります。
- 視覚的な教材を活用: 「自由」をテーマにした絵本や写真、短い動画などを用いることで、子どもたちがイメージを掴みやすくなり、発言のハードルが下がります。
- 先生自身の「問い」を共有する: 先生自身が「私も『自由』について、こういう時どう考えたらいいのか悩むことがあるんだ」と正直に話すことで、子どもたちも安心して自分の疑問や悩みを出せる雰囲気になります。
まとめ
「『じゆう』って、どんなこと?」という問いを探求する哲学対話は、子どもたちが自己、他者、そして社会との複雑な関係性の中で「自由」という概念を理解し、自分自身の考えを深めるための強力なツールです。答えの定まらない問いについて友人と共に考え、多様な意見に触れる経験は、子どもたちの思考力、対話力、そしてより良く生きようとする力を育みます。
すぐにすべての要素を取り入れるのが難しくても、まずは一つの問いから、短い時間からでも実践を始めてみてください。子どもたちの豊かな発想や、真剣に考えようとする姿に、きっと多くの発見があるはずです。この実践事例が、先生方が日々の教育の中で哲学的な探求を取り入れるための一助となれば幸いです。