想像力とはなんだろう:見えないもの、つくれるものを探る小学校での哲学対話
想像力について、子どもたちと哲学的に考えてみる
子どもたちの世界は、しばしば豊かな想像力に満ちています。見えない友達と遊んだり、空想の世界で冒険したり、ありえないものを頭の中で作り出したりします。この「想像する力」は、子どもたちの成長にとって非常に大切なものです。しかし、「想像力」そのものについて、立ち止まってじっくり考えてみる機会は少ないかもしれません。
ここでは、小学校の子どもたちと「想像力とはなんだろう?」という問いを探究する哲学対話の進め方をご紹介します。この対話を通して、子どもたちは自分自身の内面や、世界に対する多様な見方に気づき、考える力、問いを立てる力、そして対話する力を育むことができるでしょう。
この授業/活動の目的とねらい
この哲学対話は、主に以下のような目的とねらいを持って行います。
- 想像力の多様な側面に気づく: 想像力が単に「空想」だけでなく、様々な場面で使われている力であることを発見する。
- 想像と現実の関係を探る: 想像したことと、現実の世界とのつながりや違いについて考える。
- 見えないもの、つくれるものについて探究する: 具体的なものだけでなく、気持ちや未来といった「見えないもの」や、「想像してつくれるもの」「想像だけではつくれないもの」について深く考える。
- 自分の考えを言葉にし、友達の考えに耳を傾ける: 安心して自分の意見を表現し、異なる意見にも触れる対話のスキルを磨く。
対象と想定される学年
小学校高学年(5年生、6年生)を主な対象として想定しています。抽象的な概念について考えたり、自分の内面を見つめたりすることが、高学年になるとより可能になるためです。ただし、問いや導入を工夫することで、中学年でも実践は可能です。
具体的な活動例と授業の進め方
ここでは、6年生のクラスで「想像力とはなんだろう?」をテーマにした45分程度の授業を想定した進め方の一例をご紹介します。
1. 導入(5分)
- 教師から問いかけを行います。「みなさんは、どんなときに『想像する』かな?」「最近、想像したことって何かある?」といった身近な例から始めて、子どもたちの想像力を呼び起こします。
- 絵本や短い物語の一部を紹介し、「この続きを想像してみて」「登場人物はどんな気持ちを想像しているんだろう?」といった問いを投げかけるのも良いでしょう。
- 今日のテーマが「想像力」そのものについて、みんなで考えてみる時間であることを伝えます。
2. 問いの提示と共有(10分)
- 本日のメインの問いを提示します。「想像力とはなんだろう?」
- この大きな問いから派生して、子どもたちが考えやすいいくつかのサブの問いを準備しておくと、対話が深まりやすいです。(例: 「想像力で見えるもの、見えないものって何がある?」「想像してつくれるもの、つくれないものって何だろう?」「想像したことは、ほんとうのこと?それともほんとうのことじゃない?」)
- まずは一人で静かに考える時間(1〜2分)をとります。
- 次に、ペアやグループで考えを共有する時間(3〜5分)をとります。付箋などに自分の考えを書き出してもらうのも良いでしょう。
- 全体で、出てきた考えや問いを簡単に共有します。黒板や模造紙に書き出すと、後で振り返りやすくなります。
3. 対話(25分)
- 椅子を円形に並べるなど、参加者全員の顔が見えるように座り方を工夫します(コミュニティボールやトーキングスティックを用意するのも有効です)。
- 対話のルールを確認します。「人の話を最後まで聞く」「相手の意見を否定しないで、まずは受け止める」「話したくない時はパスしても良い」など、安心して話せる雰囲気づくりを心がけます。
- 全体で話し合いたい問い(メインの問いや、子どもたちから出てきた問い)を一つ選び、対話を始めます。
- 教師はファシリテーターとして、以下の点を意識しながら対話を促します。
- 特定の子どもだけが話すのではなく、様々な意見が出るように、静かに聞いている子どもにも優しく問いかけます(「〇〇さんは、どう思う?」)。
- 子どもたちの発言を丁寧に聞き、言葉を繰り返したり、まとめたりして、全員で共有できるようにします。
- 意見の理由を尋ねます(「どうしてそう思ったの?」)。
- 異なる意見が出たときに、その違いをはっきりさせたり、両方の意見を比較したりする問いを投げかけます(「Aさんの意見とBさんの意見は、何が違うのかな?」)。
- 話が脱線しすぎないように、緩やかに問いに立ち戻るように促します。
- 教師は自分の意見を述べず、判断を下しません。「正解はない」という姿勢を大切にします。
4. まとめ・振り返り(5分)
- 対話の時間が終わりになったら、気づいたことや心に残ったことなどを一人ずつ簡単に発表してもらいます。
- 必ずしも結論が出なくても良いこと、考えることそのものが大切であることを改めて伝えます。
- 対話を通して、想像力には様々な側面があり、人によって考え方も違うことに気づいたことを共有します。
- 「今日の対話で考えたことを、これからも時々思い出してみてください」と締めくくります。
実践のためのステップと準備物
- 問いの準備: メインの問いと、対話を深めるためのいくつかのサブの問いを準備しておきます。
- 座席の準備: 円形に座れるように教室を準備します。
- ルールの確認: 対話のルールを掲示するなどして、子どもたちに伝えやすくします。
- 記録用の模造紙・ペン(任意): 子どもたちの意見を書き出すことで、視覚的に共有できます。
- コミュニティボールなど(任意): 話す人を明確にするためのツールです。
実践におけるポイントと注意点
- 教師はファシリテーターに徹する: 自分の考えを押し付けたり、正解を教えたりしないことが最も重要です。子どもたちの言葉を引き出し、対話を促進する役割に集中します。
- 安全な場づくり: どんな意見も尊重される、安心して話せる雰囲気を作ります。冗談であっても、意見を馬鹿にしたり否定したりする発言は許容しないことを明確に伝えます。
- 問いは子どもたちの言葉で: もし子どもたちの中から面白い問いが出てきたら、そちらを優先して深めるのも良い方法です。
- 時間管理: 対話が盛り上がると時間はあっという間に過ぎます。対話、導入、まとめのおおよその時間を決めておくとスムーズです。
想定される子どもの反応や対話の例
- 「想像力は、頭の中で絵をかくみたいなもの」「空想のことだと思う」
- 「発明家とかデザイナーは、想像力がすごくあるんだと思う」
- 「見えないもの?気持ちとか、神様とか?」
- 「つくれないものって、空を飛ぶこととか、魔法とか?」「でも、飛行機は想像からできたんじゃない?」
- 「嘘をつくのも想像力だよね?それはいいこと?わるいこと?」
- 「幽霊を想像すると怖くなる」「想像しすぎると、現実と区別がつかなくなって困ることもあるかもしれない」
成功事例と失敗事例、そこから学べる示唆
成功事例:
あるクラスでは、「想像したことは、ほんとうのこと?」という問いから、「夢はほんとうのこと?」「昔話はほんとうのこと?」「ニュースはどこまでほんとうのこと?」と次々と問いが生まれ、情報との向き合い方や真実について深く考える対話へと発展しました。子どもたちが自ら問いを立て、探究していく姿が見られました。
失敗事例:
別のクラスでは、「想像力とはなんだろう?」という問いが抽象的すぎたのか、なかなか意見が出ませんでした。教師が「例えば、図工で絵を描く時、想像力を使うかな?」といった具体的なヒントをいくつか出したところ、少しずつ発言が出るようになりましたが、問いを深めるまでには至りませんでした。
学べる示唆:
- 問いの具体性: 子どもたちの経験や身近な事柄と結びつくような問いかけや導入が効果的です。抽象的な問いの場合は、具体的な例を示すことが重要です。
- 教師の「待つ」姿勢: 沈黙の時間があっても焦らず、子どもたちが考える時間を十分に与えることが大切です。すぐにヒントを与えすぎると、子ども自身が考える機会を奪ってしまいます。
- 他の教科との連携: 図工、国語、総合的な学習の時間など、想像力を使う他の教科の実践と結びつけて行うと、よりテーマを深く掘り下げることができます。
多忙な現場でも取り入れやすい工夫
- ショート哲学対話: 休み時間や朝の会などで、一つの問いについて5分〜10分程度で対話する時間を設けます。
- 問いのストック: 子どもたちの「なぜ?」や興味関心から生まれた哲学的な問いを普段からストックしておき、短い時間で活用します。
- 既存の活動への追加: 国語の物語読解の後に登場人物の気持ちを想像する対話を取り入れたり、図工で作品を作った後に「この作品からどんなことが想像できる?」と問いかけたりするなど、既存の授業の最後に短い対話の時間を加えます。
想像力というテーマは、子どもたちの日常や学びと密接に関わっています。哲学対話を通して、子どもたちが自分自身の想像力について深く探究し、多様な見方や考え方があることに気づく豊かな学びの機会となることを願っています。