「秘密」ってどういうこと?:持つこと、守ること、明かすことを哲学対話
子どもたちの日常には、「秘密」が溢れています。お誕生日プレゼントのサプライズ、友達との内緒話、誰にも言えない悩みなど、秘密は多様な形で存在します。この「秘密」というテーマは、子どもたちの考える力、他者との関わり方、そして自分自身を理解する上で、多くの哲学的な問いを含む豊かなテーマとなり得ます。
このテーマで哲学対話を行うことは、子どもたちが秘密について多角的に考え、「持つこと」「守ること」「明かすこと」それぞれの意味や難しさ、そしてそこに潜む倫理的な側面について探求する機会を提供します。
このテーマで育める力
「秘密」をテーマにした哲学対話は、主に以下のような力の育成に繋がります。
- 思考力: 秘密の種類、秘密を持つ理由、秘密がもたらす影響などについて、様々な角度から考える力
- 対話力: 秘密に関する多様な意見(秘密は必要か、秘密は守るべきかなど)を聞き、自分の考えを整理し表現する力
- 倫理観: 秘密にしても良いことといけないこと、秘密を守ることの責任、秘密を明かすことの勇気などについて考える力
- 他者理解・共感力: 秘密を持つ人の気持ち、秘密を知った人の気持ちなどを想像する力
- 自己理解: 自分にとって秘密とは何か、どのような時に秘密を持ちたいかなどを内省する力
実践事例:授業の進め方
ここでは、「秘密」をテーマにした哲学対話の授業例を紹介します。小学校中学年以上(3年生〜6年生)を主な対象と想定していますが、問いかけや導入を工夫すれば低学年でも実施可能です。
導入(10分)
子どもたちが秘密というテーマに興味を持ち、身近なものとして捉えられるような導入を行います。
- 身近な秘密に触れる問いかけ:
- 「みなさんは、誰にも言っていない秘密を持っていますか?」(強制はせず、持っているかいないかだけ問いかけます)
- 「お家の人にサプライズでプレゼントをあげようと思った時、それは秘密にしますか? どうしてですか?」
- 「友達と二人だけの内緒話をしたことはありますか?」
- (絵本や短い物語の活用)秘密が登場する絵本や物語の一場面を紹介し、登場人物の気持ちや行動について簡単に話し合います。
- この時間で考える問いの提示:
- 今日の哲学対話で考える中心的な問いを提示します。「『秘密』って、そもそもどんなことだろう? 秘密を持つこと、守ること、明かすことについて、みんなで一緒に考えてみましょう。」
メインの対話活動(25分)
問いを深め、多様な考えを共有する時間です。
- 最初の問いに対する個人の思考・共有(5分):
- 中心的な問い「『秘密』って、どんなことだろう?」について、まずは一人で考え、ノートなどに簡単に書き出します。
- ペアや小さなグループで、考えたことを簡単に共有します。「秘密ってこういうことだと思う」「秘密には〇〇なものがあると思う」など。
- 全体での対話(20分):
- いくつかのペアやグループから出た考えを全体で共有します。「秘密」という言葉から連想されること、秘密の例などを出し合います。
- 子どもたちの発言やつながりを見ながら、問いを深めていきます。以下のような問いかけが考えられます。
- 「どんな時に秘密を持ちたいと思いますか?」
- 「秘密には、良い秘密と悪い秘密があると思いますか? それはどんな秘密ですか?」
- 「もし、友達が悪い秘密を持っていることを知ってしまったら、どうしますか?」
- 「秘密を守ることは、良いことですか? どんな時に守るのが難しいですか?」
- 「秘密を誰かに話したくなるのは、どんな時ですか? 秘密を明かすことは、勇気がいりますか?」
- 「秘密にすることと、嘘をつくことは、どう違うと思いますか?」
- 「人に言いたくないこと(プライベートなこと)は、すべて秘密と言えるでしょうか?」
- 教師は進行役として、特定の意見に偏らず、様々な考えを受け止め、子どもたちの発言を繋いだり、さらに掘り下げる問いを投げかけたりします。例えば、「〇〇さんは、悪い秘密もあると言いましたね。それは△△な秘密のことかな? 他にはどんな悪い秘密があるかな?」のように繋ぎます。
まとめ・振り返り(5分)
対話を通して気づいたことや感じたことを整理し、共有します。
- 「今日の対話で、秘密についてどんな新しい考えに出会いましたか?」
- 「秘密について、最初に考えていたことと変わったことはありますか?」
- 「これから秘密を持つこと、誰かの秘密を知ることについて、どんなことを大切にしたいですか?」
実践のためのステップと準備物
準備:
- この時間で話し合いたい中心的な問いと、それを深めるためのサブの問いをいくつか用意しておきます。
- 導入に使う絵本や短いエピソード、写真などがあれば準備します。(必須ではありません)
- 子どもたちが自由に発言できる、安心できる雰囲気づくりを心がけます。事前に「哲学対話のルール」(人の話をよく聞く、否定しない、話したくなければパスできるなど)を確認しておくとスムーズです。
- 必要であれば、思考を整理するためのワークシート(例: 秘密の種類を書き出す、秘密について考えることマップなど)を用意します。
ステップ:
- 導入
- 個人の思考・ペア/グループでの共有
- 全体での対話
- まとめ・振り返り
対象と想定される子どもの発達段階への配慮
- 低学年: 身近な「嬉しい秘密」(サプライズ)や「内緒話」から入ると良いでしょう。「秘密を持つってどんな気持ち?」「秘密を守るとどうなる?」など、感情や目の前の状況に寄り添った問いが適しています。悪い秘密については、教師が慎重に関わる必要があります。
- 中学年: 良い秘密と悪い秘密の区別、秘密を持つことのメリット・デメリットなど、少し抽象的な思考も可能になります。友達との秘密が関係をどう変えるかなど、人間関係に関わる問いも有効です。
- 高学年: プライバシーの概念、秘密と信頼・裏切り、秘密を明かすことの社会的・倫理的な側面など、より複雑な問いを探求できます。情報化社会における秘密(個人情報など)に触れることも考えられます。
実践におけるポイント、注意点
- 安全な場づくり: 秘密に関するテーマは、個人のプライベートな領域に触れる可能性があります。「話したくないことは話さなくて良い」というルールを徹底し、誰もが安心して発言できる雰囲気を作ることが最も重要です。特定の秘密(いじめや家庭の状況など)を無理に話させたり、詮索したりすることは絶対に避けてください。
- 「答え」を求めない: 哲学対話は、唯一の正解を見つける時間ではありません。多様な考え方があることに気づき、問いを深めるプロセスを大切にします。教師が特定の意見を「正しい」と評価しないように注意します。
- 教師の関わり方: 教師は知識を教えるのではなく、問いを立て、子どもたちの発言を受け止め、つなぎ、深めるファシリテーターに徹します。自分自身の考えを話しすぎず、子どもたちの思考を促す問いかけを意識します。
- 秘密の共有範囲: 対話の中で子どもたちが個人的な秘密を話してしまった場合、その秘密が他の場で勝手に話されないよう、対話の前に「ここで話したことは、この場限りにしておきましょう」など、秘密の共有範囲について確認しておくことが大切です。ただし、子ども自身の安全に関わる秘密(危険な行為など)については、適切に関係機関と連携する必要があることを理解しておきます。
想定される子どもの反応や対話の例
- 「お母さんの誕生日に内緒で絵をかいた。それが秘密。」(低学年)
- 「友達との交換ノートは秘密。」(中学年)
- 「誰かを傷つけたり、迷惑をかけたりする秘密は悪い秘密だと思う。」(中学年)
- 「友達が万引きした秘密を知ってしまった。言ったら裏切りになるかな、でも言わないとまたするかも、って悩む。」(高学年)
- 「秘密を守るのは、その人のことを大切にしているから。」(中学年、高学年)
- 「でも、秘密にしていると、なんだかドキドキしたり、隠しているみたいで嫌な気持ちになったりすることもある。」(中学年、高学年)
- 「秘密にすることは、自分の心を守ることでもあると思う。」(高学年)
- 「嘘は、相手をだますために言うけど、秘密は、ただ誰かに言わないだけ、だと思う。」(高学年)
成功事例と失敗事例、そこから学べる示唆
成功事例: 「秘密」という言葉から連想するイメージを出し合った後、「秘密には良い秘密と悪い秘密があるか?」という問いに進んだ際、子どもたちから具体例が活発に出され、「サプライズは良い秘密だけど、友達の悪口を内緒で言うのは悪い秘密だ」「悪い秘密は、隠しているとどんどん大きくなる気がする」など、秘密が持つ光と影の両面について深く考える対話が生まれた。教師が「悪い秘密を知ってしまったらどうする?」と問いかけたことで、倫理的なジレンマや、誰かに相談することの重要性についても自然と話題が広がった。
失敗事例: 導入で「誰にも言っていない秘密はありますか?」という問いかけをした際に、ある子が個人的な悩みを打ち明けてしまいそうになった。教師はすぐにその子の発言を遮ることなく、「話したくなければパスしても良いよ」「ここは安全な場所だよ」というルールを改めて伝え、その子が無理なく対話に参加できるよう配慮したが、他の子がそれに引きずられて重い秘密を話しそうになる場面もあった。
学べる示唆: 「秘密」というテーマは子どもたちの内面に深く関わるため、対話の場が安全であるという信頼感が非常に重要です。導入の問いかけは慎重に行い、個人的な内容に踏み込みすぎない工夫や、いつでも「パス」できる雰囲気づくりが不可欠です。また、対話の中で出てきたデリケートな内容については、授業時間内に安易な結論を出さず、「難しい問題だね」「これからも考えていきたいね」と問いを保留する勇気も必要です。必要に応じて、授業後に個別で話を聞くなどのフォロー体制も考慮しておきましょう。
多忙な現場でも取り入れやすい工夫
- 短時間での実施: 全てのステップを丁寧に行う時間がなければ、導入とメインの対話の最初の部分(問いに対する自由連想や簡単な意見交換)に絞り、15分程度の短い時間で行うことも可能です。特定の問い(例:「良い秘密と悪い秘密ってあるのかな?」)一つに焦点を絞るだけでも、十分に対話は深まります。
- 他の教科との連携: 国語科の物語教材で秘密が重要な要素となっているものがあれば、その読解の発展として哲学対話を取り入れることができます。道徳科や総合的な学習の時間で、友情や信頼、情報モラルなどを扱う際に、「秘密」の側面からアプローチすることも有効です。
- 問いのカード活用: 事前に「どんな時に秘密を持つ?」「秘密を守る難しさは?」などの問いが書かれたカードを用意しておき、子どもたちが自由に選び、ペアやグループで話し合う活動形式にすれば、教師の負担を減らしつつ子どもたちの主体性を引き出すことができます。
まとめ
「秘密」という、子どもたちにとって身近でありながら奥深いテーマについて哲学対話を行うことは、彼らが自分自身の内面や他者との関係性、そして社会におけるルールや倫理について考えるための豊かな出発点となります。秘密を持つことの喜びや苦しみ、秘密を守ることの難しさ、そして秘密を明かすことの重みや解放感など、多様な側面を探求する中で、子どもたちは思考を深め、他者への想像力を働かせ、自分自身の価値観を形成していくことができるでしょう。安全な対話の場を carefully 守りながら、子どもたちの「秘密」に関する問いに、じっくりと耳を傾けてみてください。