どうすれば「公平」にできる? 小学校で「分ける」場面から考える哲学対話の授業実践例
はじめに:なぜ小学校で「公平」について考えるのか
小学校という集団生活の場では、「おやつをどう分けるか」「発表の順番をどう決めるか」「係の仕事をどう割り振るか」など、「公平」や「平等」について考えたり悩んだりする場面が日常的に起こります。子どもたちは、自分の経験を通して「不公平だ」と感じたり、「どうしたら公平になるのだろう」と疑問を持ったりしています。
このような身近な出来事を哲学的に深掘りすることは、子どもたちが他者との関係性の中で生きる上で不可欠な倫理観や社会性を育む機会となります。「公平」について考えることは、単にルールを守ることだけでなく、「そもそもルールはなぜ必要なのか」「誰にとっての公平か」といった問いへとつながり、多角的に物事を捉える力や、自分なりの価値観を形成する力を育むことにつながります。
本記事では、小学校で子どもたちと共に「公平」について考えるための哲学対話の具体的な進め方やポイントをご紹介します。「分ける」という身近な切り口から、子どもたちが主体的に考え、対話を通して「公平」の多様な側面を探求できる授業実践例です。
授業実践例:「公平」について考える哲学対話
1. 実践のねらいと対象
- ねらい:
- 身近な出来事を通して「公平」とは何かを問い直し、多様な考え方に触れる。
- 絶対的な「公平」はないのかもしれないということに気づき、状況に応じて最適なあり方を考えようとする。
- 自分の考えを言葉にし、他者の考えを尊重しながら対話する力を養う。
- 対象: 小学校中学年〜高学年
- (低学年でも、簡単な事例設定で導入できます。事例を具体的に、選択肢を少なくするなど工夫してください。)
2. 準備物
- 話し合いのルール(可視化できると良い)
- 問いを提示するための簡単なイラストや写真、または具体的なシナリオ例
- 必要に応じて、考えを整理するためのワークシートや付箋
- 対話の記録係(任意)
3. 授業の進め方(基本的な流れ)
この授業は、以下のステップで約45分〜60分程度で実施することを想定しています。
ステップ1:導入(5分)
- 今日のテーマが「公平」であることを告げる。
- 子どもたちが「公平」について考えたり、「不公平だ」と感じたりした経験を簡単に共有してもらう。(「昨日、弟がお菓子を多くもらっていて、不公平だと思った」「先生が特定の友達ばかり褒めるのが不公平だと感じた」など、具体的なエピソードから入ると自分ごとになりやすい。)
ステップ2:具体的な事例の提示と問いかけ(10分)
- 「もし、クッキーが3枚あります。これをAさん、Bさん、Cさんの3人で分けなければいけません。どう分けるのが『公平』だと思いますか?」という具体的な事例を提示する。イラストや、実際に物を使って見せても良い。
- 考えられる分け方をいくつか出させる。(例:「1枚ずつ」「じゃんけんで勝った人が2枚、他の人は1枚」「くじ引きで決める」など)
- それぞれの分け方について、「なぜそれが公平だと思うのか」「その分け方で困る人はいないか」などを問いかける。
- 「1枚ずつ」→「これが一番平等だから公平」
- 「じゃんけん」→「運だけど、みんなにチャンスがあるから公平」
- 「がんばった人が多くもらう」→「努力が報われるのが公平」
ステップ3:哲学的な問いへの移行(15分)
- いくつかの分け方とその理由が出揃ったところで、より抽象的な問いに移行する。
- 中心的な問い:「どういう時に、『公平だ』と感じますか?」「『公平』って、どういうことだと思いますか?」
- 全体に問いかけ、自由に意見を出してもらう。
- 出た意見を板書したり、キーワードを記録したりする。
- 「みんながおなじ数の時」
- 「順番がかわるがわるの時」
- 「がんばったぶんだけもらえる時」
- 「みんなが納得できる時」
- 「先生がひいきしない時」
- 「ルールがちゃんと守られている時」
- 「困っている人が助けてもらえる時」
ステップ4:対話の深掘り(15分)
- 出た意見の中から、気になる言葉や、子どもたちが対立したり疑問に思ったりしている点を取り上げ、さらに問いを深める。
- 「『みんなおなじ』は、いつも公平かな? 例えば、かけっこで足の速い子と遅い子がいて、ゴールするまで同じ時間走るのが公平かな?」
- 「『がんばったぶんだけ』は、どうやって測るんだろう? がんばったのにうまくいかなかった場合は?」
- 「『みんなが納得できる』ためには、どうしたらいいんだろう?」
- 「『平等』と『公平』は同じかな? 違うかな?」
- 「世の中には、『公平じゃないな』と思うことってある? それはどうしてだろう?」
- 教師はファシリテーターとして、子どもたちの発言を丁寧に聞き、別の角度からの問いかけや、言葉の整理を行う。特定の意見に誘導せず、多様な考えが自由に出せる雰囲気を作る。
ステップ5:まとめ(5分)
- 今日の対話を通して、自分がどんなことを考えたか、友達のどんな意見に気づきがあったかを振り返る。
- 「『公平』について、今日の対話を通してどんなことを思いましたか?」と問いかける。
- 必ずしも結論が出なくても良いことを伝え、「『公平』について考えるのは難しいけれど、これからも色々な場面で考えていきましょう」と締めくくる。
4. 実践におけるポイント・注意点
- 安全な場づくり: どんな意見も否定されない、安心して発言できる雰囲気作りが最も重要です。「間違っている意見はないよ」「色々な考え方があって面白いね」といった声かけを積極的に行います。
- 教師の役割: 教師は進行役であり、哲学的な問いを提示し、対話を促すファシリテーターです。「正解」を教えるのではなく、子どもたちが自ら考え、互いの考えに触れることをサポートします。安易なまとめや結論を出さないことが大切です。
- 事例設定の工夫: 子どもたちの実態や関心に合わせて、提示する事例を調整します。ゲーム、給食、休み時間、役割分担、身の回りのニュースなど、様々な場面が「公平」を考えるきっかけになります。
- 問い直しの重要性: 子どもの発言に対し、「なぜそう思うの?」「それはどういうことかな?」「他の人はどう思う?」など、丁寧な問い直しを行うことで、考えが深まります。
- 時間を意識: 哲学対話は時間がかかりがちです。事前に時間配分を決め、切り上げのタイミングを想定しておきます。途中でも対話を終え、「また今度続きを考えようね」とすることも可能です。
5. 想定される子どもの反応と対話例
- 低学年:
- 子:「みんなおなじかずがいい!」
- 師:「そうだね、おなじかずにするのは一つの方法だね。なんでおなじかずがいいと思うの?」
- 子:「そのほうがけんかにならないから!」
- 師:「なるほど、けんかにならないようにっていうのは大事な考え方だね。じゃあ、もしどうしてもおなじかずにはできないとしたら、どうするのがいいかな?」
- 中学年:
- 子:「じゃんけんは運だけど、誰にでもチャンスがあるから公平だと思う。」
- 師:「チャンスがあるから公平、という考え方ですね。他の人はどう思いますか? じゃんけんにはどんな良いところや困るところがあるでしょう?」
- 子:「でも、負けたら一個ももらえないかもしれないから、それは公平じゃないと思う。」
- 師:「なるほど、一個ももらえないのは不公平だと感じる人もいるのですね。じゃあ、みんなが少しずつでももらえるようにするには、どうしたらいいのかな?」
- 高学年:
- 子:「がんばった人が報われるのが公平だと思う。勉強を頑張った人が良い点数を取るのは公平。」
- 師:「努力が報われるのが公平だという意見ですね。では、『がんばる』って、どういうことだと思いますか? みんな同じように『がんばる』ことができるのかな?」
- 子:「体調が悪くて頑張れない日もあるし、生まれつき得意なこともあるから、頑張る量だけで決めるのは難しいかも。」
- 師:「なるほど、色々な事情がある中で、『公平』を考えるのは難しいのかもしれませんね。じゃあ、どんな時なら『がんばったぶん』で決めるのが公平だと言えるのでしょう?」
6. 成功事例と失敗事例から学ぶ示唆
- 成功事例:
- 子どもたちが活発に意見を出し合い、互いの意見に真剣に耳を傾ける姿が見られた。
- 当初「同じ数にするのが一番公平だ」と考えていた子が、対話を通して他の考え方にも目を向け、「状況によって公平のあり方が違うかもしれない」と気づく様子が見られた。
- 対話後、日常の係活動の分担や、遊びの中での順番決めなどにおいて、「これって公平かな?」と自分たちで考えたり話し合ったりする姿が見られるようになった。
- 失敗事例:
- 特定のリーダー格の子の意見に他の子が引っ張られてしまい、多様な意見が出にくかった。
- 教師が「こういう考え方もあるよね」と問いかけるつもりが、半ば答えを示唆するような言い方になってしまい、子どもたちの思考を止めてしまった。
- 事例設定が抽象的すぎて、子どもたちが自分事として捉えられず、対話が盛り上がらなかった。
- 学び:
- 多様な意見を引き出すための工夫(ペアワークや小グループでの意見交換を先に行うなど)が必要である。
- 教師は「ファシリテーター」の役割を強く意識し、安易な評価や誘導を避ける訓練が必要である。
- 導入事例は、子どもたちの実態や興味・関心に寄り添った、具体的で想像しやすいものを選ぶことが重要である。
7. 多忙な現場でも取り入れやすい工夫
- 短い時間で区切る: 一度の授業で全てを終えようとせず、10分〜15分程度の短い時間を確保し、特定の問いに焦点を当てて対話を行う。「今日の〇〇(係活動や給食の配膳など)の時に思ったんだけど、『公平』ってどういうことだろう? ちょっとみんなで考えてみない?」のように、日常の出来事と紐付けて、隙間時間に行うこともできます。
- 他の教科との連携: 国語科の話し合い活動、道徳科の「公平」「規則の尊重」などの内容、学級活動での係決めやイベント計画など、様々な学習活動の中で「公平」を考える場面を意図的に設定し、哲学対話の要素を取り入れる。
- 視覚教材の活用: 写真やイラスト、簡単な図などを活用し、言葉だけでなく視覚的に問いを提示することで、子どもたちが思考に入りやすくなります。
おわりに:考えることを楽しむ授業へ
「公平」というテーマは、子どもたちの日常生活に深く根差しています。だからこそ、彼らにとって非常に身近で、考え甲斐のある問いとなり得ます。この哲学対話を通して、子どもたちはすぐに答えの出ない問いに向き合う難しさと同時に、多様な考え方があること、そして自分なりの考えを持つことの大切さを学びます。
これらの経験は、子どもたちが将来、複雑な社会の中で様々な問題に直面した際に、立ち止まって考え、他者と対話し、より良い選択をするための土台となるはずです。ぜひ、先生方のクラスでも、「公平」を巡る子どもたちの豊かな思考と対話の時間をつくってみてください。