実践!哲学教育ノート

「違うこと」ってなんだろう?違いを豊かさと捉える哲学対話の授業実践例

Tags: 哲学対話, 小学校, 多様性, 対話教育, 考える力, 共生

「違うこと」を哲学対話で考える意義

子どもたちが成長する過程で、自分と他者との「違い」に気づく場面は多く訪れます。考え方、感じ方、得意なこと、苦手なこと、見た目や背景など、様々な違いがあります。これらの違いをどのように捉え、多様な人々との関わり方を学んでいくかは、現代社会を生きる上で非常に重要なテーマです。

小学校において、この「違うこと」について哲学的な視点からじっくりと対話する時間は、子どもたちが多様性を肯定的に受け入れ、共生していくための土台を育む上で大きな意味を持ちます。単に「みんな違ってみんないい」というスローガンを伝えるだけでなく、「なぜ違うのだろう」「違いがあるってどういうことだろう」「違うからこそ生まれるものはなんだろう」といった問いを探求することで、子どもたちは表層的な理解を超え、違いを単なる困難や対立の源としてではなく、むしろ豊かさや学びの機会として捉える視点を獲得していくことが期待できます。

このテーマでの哲学対話は、子どもたちの * 自分と他者の違いを客観的に見つめる思考力 * 多様な意見や価値観に耳を傾ける傾聴力 * 自分の考えを言葉にして他者に伝える表現力 * 異なる視点を持つ他者と建設的に対話する力 を育むことにつながります。

「違うこと」をテーマにした哲学対話の授業実践例

ここでは、小学校中学年~高学年を対象とした「違うこと」についての哲学対話の授業例を紹介します。

導入:身近な「違い」に気づく

授業の始まりに、子どもたちにとって身近で、かつ肯定的な文脈で語られることの多い「違い」に目を向けさせます。

活動例:好きなもの発表 * 「今日の給食で好きなもの」「好きな色」「得意なこと」など、簡単なテーマについて一人ずつ発表してもらう。 * 全員の発表を聞いた後、「みんなの好きなものや得意なことは、同じでしたか?それとも違いましたか?」と問いかける。 * 多くの「違う」という声が上がることを確認し、「みんな、好きなものや得意なことが違いますね。同じ人が誰もいないかもしれません。こういう『違うこと』って、どういうことだろう?」と問いを立てる入り口とする。

導入のポイント * 最初は、子どもたちが答えやすく、ネガティブな感情と結びつきにくいテーマを選ぶことが大切です。 * 違いがあることを発見し、「違うって当たり前なんだな」と感じられる雰囲気を作ることを目指します。

展開:問いを探求する哲学対話

導入で生まれた問いや、教師が準備した問いを中心に、対話を進めます。

問いの例 * 「どうして人はみんな違うのかな?」 * 「違う考え方をしている人と話すのは、難しいことかな?楽しいことかな?」 * 「もし、世界中の人がみんな同じ考え方だったら、どうなるだろう?」 * 「違うって、良いこと?悪いこと?それとも両方?」 * 「自分と違う考えを聞いた時、どんな気持ちになる?どうすれば良いかな?」 * 「『みんな違ってみんないい』って言うけれど、『いい』ってどういう意味だろう?」 * 「違いがあるからこそ、生まれるものってあるかな?」

対話の進め方 1. 問いの共有: いくつかの問いを提示し、子どもたちが最も話したい、気になる問いを一つ選んでも良いですし、教師が一つに絞っても良いです。大きな模造紙などに問いを書き出しておくと、対話中に参照しやすくなります。 2. 考える時間: すぐに話し始めるのではなく、一人ひとりが問いについて静かに考える時間を設けます(1~2分程度)。考えたことを簡単な言葉やキーワードでメモしても良いでしょう。 3. 対話: 考えたことを順番に、あるいは自由に話していきます。他の人の話をよく聞き、それについて考えたこと、思ったことを伝えます。「〇〇さんの△△という話を聞いて、私は××だと思いました」のように、前の人の発言に繋げて話すことを促すと、対話が深まりやすくなります。 4. 深める: 一通り意見が出たら、共通する意見や、対立する意見、面白い視点などを教師が拾い上げ、「今の〇〇さんの話をもっと詳しく聞かせてもらえる?」「△△と××という二つの考えが出たけれど、この二つはどう違うのかな?」など、さらに問いを投げかけて対話を深めます。 5. 振り返り: 対話の最後に、「今日話してみて、どんなことを考えましたか?」「新しく気づいたことはありますか?」「難しかったことはありますか?」といった問いで振り返りの時間を持つと、子どもたちが自分自身の学びを自覚しやすくなります。

実践のための準備物 * 模造紙やホワイトボード(問いやキーワードを書き出すため) * ペン * 考えをメモするための紙と筆記用具(必要に応じて) * 対話のルール(後述)を貼り出したもの

対象学年や発達段階への配慮 * 中学年であれば、より身近で具体的な「違い」(好きなもの、見た目、できることなど)から入ると考えやすいでしょう。抽象的な概念(多様性、価値観など)は、具体的な例と結びつけながら扱います。 * 高学年であれば、考え方や意見の「違い」、文化や背景の「違い」といった、より内面的、社会的な違いにも目を向けやすくなります。対話のルールを自分たちで話し合って決めると、より主体的な参加を促せます。 * 低学年の場合は、「自分と友達のどこが違うかな?」「違うところがあって面白いことは?」など、さらにシンプルで遊びの要素を取り入れた活動(例:好きな動物の絵を描いて見せ合う、好きな遊びを発表するなど)から入ることも可能です。

実践におけるポイントと注意点

想定される子どもの反応と対話の例

成功事例と失敗事例、そこから学べる示唆

成功事例: あるクラスで、「もし世界中の人がみんな同じ考え方だったら?」という問いで対話した際、最初「同じ方が楽そう」という意見が多かったものの、「新しいものが生まれなくなりそう」「誰かが困っても、それが困ったことだと誰も気づかないかもしれない」といった意見が出てきました。最終的には「違う考え方があるから、困っていることに気づけたり、もっと良い方法が見つかったりするのかな」という気づきに繋がり、違いの肯定的な側面に目を向けられるようになりました。これは、具体的な状況を想像させる問いが、子どもたちの思考を深めるきっかけとなった例です。

失敗事例: 「どうして考え方が違うといけないんだろう?」という問いで始めた際、「だって違うんだもん」「当たり前じゃん」で話が止まってしまい、深まらなかった経験があります。これは、問いが抽象的すぎたり、子どもたちが問いの面白さを見つけられなかったりした場合に起こり得ます。反省点としては、もっと具体的な例(「昨日友達と意見が分かれた時、どう思った?」など)から入るべきだったこと、あるいは問いを一つに絞らず、いくつか選択肢を示すべきだったことなどが挙げられます。

示唆: * 問いの立て方が最も重要です。子どもたちが「考えたい」「話したい」と思える、身近で少し不思議に感じられるような問いを準備することが成功の鍵となります。 * 対話が止まったり、堂々巡りになったりしても、それを失敗と捉える必要はありません。なぜ深まらないのかを教師が考え、次の機会に問い方や導入方法を工夫することが学びとなります。 * 子どもたちの小さな声や、一見的外れに見える発言にも丁寧に耳を傾け、そこに隠された考えを拾い上げることが、対話を豊かなものにします。

多忙な現場でも取り入れやすい工夫

まとめ

「違うこと」をテーマにした哲学対話は、子どもたちが多様性を理解し、認め合い、共生していく上で非常に有効な教育手法です。すぐに答えが出ない問いについて、友だちや先生と一緒に考える経験を通して、子どもたちは自分自身の考えを深めるとともに、様々な価値観が存在することを知り、他者を尊重する姿勢を育んでいきます。

最初は戸惑うこともあるかもしれませんが、問いと向き合う時間、他者の話に耳を傾ける時間、そして自分の考えを言葉にする時間を積み重ねることで、子どもたちの「考える力」「問いを立てる力」「対話する力」は着実に育まれていくことでしょう。ぜひ、皆様のクラスでも「違うこと」について考える哲学対話を取り入れてみてください。